snow white
目が覚めると、私は花宮さんの肩に寄りかかっていた。
慌てて起き上がって花宮さんに頭を下げていると、周りから小さな笑い声が聞こえてきた。
私、一番最後に起きたのか。
恥ずかしさに顔を赤くしていると、「大丈夫?」と氷室さんに顔を覗き込まれた。
それにコクコクと頷いて返したところで、「全員いいかい?」という赤司くんの凛とした声が響いた。
「今から、3冊目の本を開こうと思う。苗字さん、平気かい?」
『〈うん、大丈夫だよ〉』
「…そうか…。それなら、これを…」
赤司くんに手渡されたのは、例に漏れずタイトルのない本。
その背表紙をソッと撫でてから、皆の顔を見渡すと大きな頷きが返ってきた。
それを見て少し安心してから、ゆっくりと本を開くと、目の前が真っ暗になるのだった。
『(…ここは…?)』
次に瞼を開いたとき、先ず目に入ったのは淡い色の天井。
綺麗だな、なんて考えていたとき、ようやく自分がベッドの上にいることに気づいた。
ここ、何の物語?
体を起こして首を傾げていると、広い部屋の扉がノックされてメイドの格好をした女の人が入ってきた。
「おはようございます、白雪姫様」
『(白雪姫…)』
「お目覚めになられたばかりですが…王様がお呼びですよ」
『(王様?あれ?白雪姫って確か、お父さんが死んでしまって…義理の母親と暮らしていたんじゃ…?)』
まだ王様は生きているの?
なんだかよく分からないけれど、とりあえず行ってみようとメイドさんに従って部屋を出ると、メイドさんに小さく笑われてしまった。なんで??
「ふふ、寝癖がついていますよ」
『!!』
「ああ、今直しますので…」
寝癖なんて気づかなかった。
優しい手つきで頭を撫でてくれるメイドさんを盗み見ると、メイドさんが少し寂しげに笑った。
「王妃様がお亡くなりなられてから、白雪姫様だけが王の“宝物”ですものね。姫様は可愛らしいですが、もっとお綺麗にしてお会いになった方が王も喜ばれますよ」
“王妃様が亡くなった”
あれ?でも、私が読んだ絵本では、確か亡くなるのは王様じゃ…?
記憶違いだろうか?と首を傾げている間にいつの間にか大きな扉の前についた。
「さ、王がお待ちですよ」
ニッコリと笑うメイドさんに従って扉をノックすると、中から「入っておいで」と男の人の声がした。
ゆっくりと扉を開けると、中には立派な椅子に座った30代後半ほどの男の人がいた。
「さあ、こちらにおいで白雪姫。今日もお前は可愛いなあ…」
手招きをするその男性、王様に近づくと、王様の手が頬に触れた。
この人、恐い。
笑っているのに目が笑っていない。
「お前は本当によく似ているね…。まるで生き写しのようだ。ああ、愛しい娘よ…お前のことはこの父が守ってやるからね」
ダメだ。
怖い。
頬を撫でる手が冷たく感じる。
背中に嫌な汗をかいたとき、コンコンとノック音が聞こえた。
不機嫌そうに眉を寄せた王様は、私から手を離すと「入れ」と冷たい声で言う。
「失礼します」
『!!』
聞こえた声に振り向くと、そこには見知った人がいた。
思わず駆け寄りそうになったけれど、慌てて足をとめる。
「お呼びでしょうか?」
「お主に白雪姫の警護を命じる。いいか、一時足りとも目を離すでないぞ。白雪姫に何かあったなら…その首と体を引き離してやるからな」
『(そ、それって…)』
「了解しました」
王様に深々と頭を下げると、「では、部屋までお送りしましょう」と私に向かって言ってきた。
それに頷いて行こうとすると、ふいに腕を捕まれた。
「白雪姫、分かっているとは思うが…城から出るでないぞ?」
城から出るな、だなんて…そんなの鳥籠の中の鳥じゃないか。
とはいえ口に出すこともできないので、とりあえず頷いて返すと、ようやく腕を離された。
「それでは、失礼します」
ペコリと二人で頭を下げて王様の部屋を出ると、「行こう」と笑いかけられる。
『(どうして…どうして、木吉さんがここに…?)』
とりあえずとさっきの部屋へ歩きだすと、木吉さんが徐に口を開いた。
「ここは、白雪姫の世界だったんだな。最初目が覚めたときは分からなかったよ。けど…俺が知っている話とは少し流れが違うんだが…」
『!(やっぱり…)』
「それに…あの王様、明らかに良くないよな」
神妙な顔つきの木吉さん。
思い出すのはさっきの王様の言葉。
思わずギュッと手を握りしめると、それに気づいた木吉さんがポンっと頭を撫でてくれた。
「…よし!逃げるか!」
『!?(に、逃げる!?)』
「本当の物語じゃ、白雪姫は森の中で小人と出会うはずだしな。今から一緒に行くか!」
そ、それっていいの?
目を丸くして木吉さんを見ると、木吉さんはニッコリと歯を見せた。
「なんとかなるさ!」
『(でも…)』
「それに、ここにいたって何も始まらないだろ?」
「な?」なんて木吉さんは言ってくれるけれど、もしこれが王様にバレてしまえば、危ないのは彼だ。
少し眉を下げて彼を見ると、変わらずニッコリと笑いかけられる。
木吉さんて、案外頑固なのかもしれない。
少し恐いけれど、木吉さんに頷いてみせると大きな手に自分の手を捕まれて引っ張られる。
その手になんだか、お兄ちゃんを思い出した。
『(木吉さんて、少しお兄ちゃんに似てる…)』
「よし、行くぞ」
歩き出した木吉さんの背中はとても頼もしく見えた。
prev next