額縁の中の世界 | ナノ

「行ってきます」




 新しいワイシャツ、新しいセーター、新しいブレザーに新しいスカート、ソックス。

 全てが真新しい制服に身を包み、髪を簡単にハーフアップにまとめて、姿見の前に立つ。そこには、まるで知らない、初めて見る自分がいる。

 ブレザーの内ポケットに入れてあった生徒手帳を取り出し、まじまじと見つめる。

 ――帝光中学校三年 嵩原慈海。

 三年にも関わらず真新しい制服を着ているのは、決して新調したからではない。慈海は人生で初めて、「転入生」になる経験をする。



「……行ってきます」



 現在無人の、まだ慣れない家に向かって出掛けの挨拶をする。もちろん、返事が返ってくることは無い。

 慈海は一度目を伏せ、ひとつ息をついてから玄関に向かい、真新しいローファーを履いて通学路に足を向けた。








 今年は冷え込みが酷く、三月になっても雪がふっていた。その影響か、まだ二分咲き程度の桜が控えめに木を彩る始業式。四月になってもまだ肌寒く、大半の生徒が休み明け特有の怠そうな面持ちで始業式に出席していた。

 HRの時間になっても、怠そうに欠伸を噛み殺す生徒が大勢いた。しかし、あるクラスだけは、担任のある一言で途端に生徒達が重たい頭を上げ、ざわめきが起こった。



「今日からこのクラスに、新しい仲間が増えます」



 担任の使い古したような言い回しに、教室全体が期待を滲ませたざわめきに包まれる。

 女子は「格好いい男子がいい」とか、男子は「可愛い女子がいい」などと、思い思いの期待を友人と囁き合う。

 クラスメイトになる生徒達の声は廊下で待機する慈海の耳にもしっかり届いており、期待に満ちた声に慈海は一人溜め息を吐く。

 期待を膨らませているところ申し訳ないが、慈海は可愛くも面白くもない。早くも落胆する生徒達の姿が目に浮かぶようだ。

「では転入生、中へ入って自己紹介をどうぞ」

 担任が自分を呼ぶ声が聞こえる。

 気が進まないが、自分で選んだことなのだからと自分を叱咤し、大きな深呼吸を二つしてから、教室の扉を潜った。



2014.01.14


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