そして始まる虹色の日々
(いち)
サチと料亭で二人で話した数日後、荷物をまとめた彼女は再度屯所の門をくぐった。
「出ていったり、戻ってきたり、忙しなくて申し訳ありません」
局長の部屋で頭を下げたサチに、近藤サンも土方サンも咎めるどころか「よく帰ってきてくれた」と笑顔を見せた。
近藤サンがサチから渡された手紙に目を通して、明るく笑う。
そしてサチの頭を優しく撫でた。
「お父上も、元気になって良かったですな」
「お、恐れ入ります…。もともとそこまで大病だったわけではないようで、…その、話を盛って文を認(したた)めて、あった、みたいで…えぇと…」
「なら良かったじゃねぇか。 心配かけさせられたのは癪かもしれな…、いや、俺達は別に迷惑と思ってないからそんな顔するな…」
「し、しかし…」
「まぁまぁ、サチ君、大事でなかった事は喜ばしい事ですぞ? なら、素直に喜ばなくては!」
な、と嗜めるように、にっこりと笑った局長。
その言葉を聞いて、サチはやっと微笑んだ。
「先に荷物を部屋に置いてくるといいですな。他の隊士達も、サチ君が帰ってくるのを待ってましたぞ」と、局長にそう言われ、私とサチは局長のいる部屋を後にした。
荷物を抱えて歩き出したサチ。
私はそんなサチを追い掛けて声をかけた。
「荷物、持つっスよ」
「だ、大丈夫ですよ、そこまで重くないですし…」
「…両腕で持つのがやっと、のように見えるんスけど?」
「うっ…。 い、いえ、そんなことないですし、私の荷物ですから平気で…あっ」
「…結構な重さっスけど、これ…。 これは私が運ぶから、ゆっくり部屋に戻るっスよ」
でも、と渋るサチを置いて、サチが以前に使っていた部屋へと続く廊下を進む。
唇を尖らせた彼女は、私の横につくとゆったりと歩き進んだ。
「ぅあ、あり、がとう、ございます」
「ふふ、どういたしまして」
パタパタと、私の足音に重なる軽い音。
それはまるで囁きあって会話を重ねているような、そんな風に感じた。
嬉しくて頬が緩む。面をつけているので、このだらしなく緩んだ表情も、誰の目にも止まらないだろう。
そう思ったのだけれど、サチには違ったようだ。
「山崎さん、嬉しそうですね」
「…そうっスか?」
「はい。お顔は見えないけれど、楽しそうに笑ってくださっているように感じます。 あ…見当外れ、でしたでしょうか…?」
すみません、と言いかけたサチを制し、両腕で持っていた荷物を片腕に抱え直す。
不思議がるサチの手を取り、私はしっかりと指を絡めた。
肩を跳ねさせて赤面する彼女が可愛らしくて、思わず目を細める。
それが声に出ていたようで、「わ、笑わないでください」と微かに涙が浮かぶ目で睨まれた。
「サチは、本当に可愛いっスね」
「かっ…、かかかからかうのは、やめ、て、ください……っ」
「からかってなんかないんスけどね…。まぁ、また倒れられたら大変だし、ここいらで黙っておくっス」
それこそからかうように言えば、サチは神妙な顔で「その節は大変なご迷惑を…」と言葉を濁した。
真面目すぎるサチの様子に、おかしくなってしまう。
本当に、退屈させてはくれない人だ。
「私が嬉しそうだと感じてくれた、その事実が嬉しいっスよ」
「…え?えっと、さっきのは、当たっていたんですね」
「ええ。しっかりと当たってたっス」
そう言えば、サチは安心して微笑んで見せた。良かった、と独り言のように呟いて、繋がれた五指を握り返す。
そうしているうちに、サチが使っていた部屋に到着した。入っても?と尋ねれば、はにかんだサチは勿論ですと返す。
優しいそれに、また頬が緩んだ。
これからは、この笑顔を毎日のように見る事が出来るのだろう。
そう思えば、心が温まる気がした。
[ 25/26 ][*prev] [next#]
[back]