早鐘に溺れて(いち)




目が覚めたら、山崎さんのお面が視界を埋めた。


「…っ?」

「……」

「…? …、…??」

「……はっ、サチ!」



無言の攻防は幾ばくか続き、終止符は山崎さんの声で打たれた。
突然名前を呼ばれた事に瞠目して無言のまま山崎さんを覗けば、彼は胸を撫で下ろして笑った(ように見えた)。


「今、完全に気を抜いてたっス…。」

「…ね、寝てらしたんですか?」

「あー…サチの所為で、夜も満足に寝れなかったっスからね」

「す…っ、すみません!それは、あの、私、えっと…すみません!」

「冗談っスよ、冗談。 あれに関しては、お互い水に流しましょう。ほらほら」

「あ、う…はい」


楽しそうに言った彼の言葉に、今度は私が胸を撫で下ろす番であった。

まさか寝ていたとは思わなかった。
お面を着けているから、誰でもすぐにはピンと来ないだろうけども。
私はそう思いながら浅く息を吐き、ゆっくりと体を起こす。


「あ、あの、ご迷惑おかけして…すみませんでした…」

「そんなの、気にしなくて大丈夫っス。 …まぁ、だいぶ驚いたっスけど」

「そそそそそうですよね!わた、わたっしも、びっくりしててててて…! ほ、本当になんてお詫びしたらいいのか…!!」

「落ち着くっス、サチ。なに言ってるのかよく分からないっス」



周りをよく見れば、枕元には茶菓子、急須、水が入った桶、手拭い、薬箱。薬草を調合かなんかしたのか乳鉢と乳棒、私への見舞品のつもりなのか可愛らしい人形…と、あちらこちらに色々な物が散乱している。
介抱する為に集められた代物なのかもしれないけれど、そうは見えない物が多々山を成していた。


「いれてあった茶も冷めちゃったんで、もう一度 湯を沸かしてくるっスね」

「はっ、い、いえっ! そちらそのままで大丈夫です!」

「…冷めてるっスけど」

「ぬるいのを飲みたい気分ですので!」

「…そ、それなら良いんスけど…。どうぞっス」

「有難うございます」


湯飲みに口をつけ、「あ、ホントに冷めてる」と思いながらも喉を潤す。
すっかり温くなったお茶から考えるに、結構長い時間、私は眠っていたのだろう。

また申し訳なく思っていると、山崎さんは私の頭を撫でて笑った。

その手の優しさに、倒れる前に目の前で起きた信じがたいけれども真実な幸せを思い出す。
その幸福感に、思わず心臓が跳ねた。

…頬が、緩む。


「…何笑ってんスか? 良かったっスよ、朝まで寝てたらどうしようかと思ってたんス」

「はっ、あの、そ、その可能性は否めない、ですね…」

「それで…土方サンがサチを呼んでいるらしいんスよね。今から行けるっスか?」


そんな言い付けに、私は首を傾げて山崎さんを見る。
彼も私を見つめて、私の返答がどうなのかを見守っているようだった。


土方さんが私に用事があるなんて、一体なんだろうか。

反対側に首を捻った時、ひとつの答えに行き着いた。


『女だろうと、容赦なく斬る。覚悟しておけよ』


あの時の土方さんの声が、頭の中で響いて染みる。

そうだ、私は公にしてはいけない秘密を聞かされ、他言した場合は容赦しないと釘を刺されたのだ。

だとしたら、呼ばれた理由は──


「…わ、…わたしっ、誰かに話したりしてません…!」

「は?」

「あの、あの…厳禁と言われた事は、本当に誰にも言っていないし…っ! そもそも、お話しか聞いていないので、私の中ではなにも真実味も帯びていなくてですね、だから他言などそんな、そんな…!」

「ちょ、ちょっと待つっス、今はサチが他言したなんて話はしてな」

「私、土方さんの所へ謝りに行ってきますぅぅぅ…!」


急いで立ち上がって布団から出た私は、裾を直し髪を整えて足を踏み出す。


わっ、私もすぐに向かうっスからね!と慌てた様子の山崎さんの言葉を背中で聞きながら、私は部屋を飛び出した。


To be continued.


人の話を聞かないヒロインちゃん。
考えてる事はちゃんと話すようにと言われたばかりなのに…


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