道場を走る道着の(に)



暫くして戻ってきた山崎さんは、片腕に水が入ったタライと手拭いを抱え、もう片方には中身が入っている様子の急須と湯呑みが乗った盆を持っていた。


「…色々過ぎんだろ…」

「これでも何個か置いてきた物があるんスけどね…。まだ起きてないなら、茶菓子は持ってこなくて正解だったっス」

「こっちはそれ所じゃねぇっつーのに…。土方さんがサチを呼んでるらしくてな」

「山崎さん、介抱道具を集めてきたところで恐縮ですが、サチさんをお借りしたく存じます」

「…なに言ってんスか?」


盆を置きタライを置き、訪ねてきた少年二人を訝る声音で首を傾げる。
そう言いながらも、その両手はてきぱきとサチの額に濡らした手拭いを乗せた。


「土方先生の命に背くおつもりですか」

「サチが何か呼びつけられるような事をしたのなら分かるんスけど。 彼女になんの咎があるんスか?」


市村を睨み付け、(お面越しだから分かりにくいが、声の調子からして恐らくそうだろう)サチの頭を軽く撫でてから手袋をつけ直す。

土方サンに伝えて欲しいっス。
二人に向き直ってそう言うと、静かに息を吐いた。


「サチの意識が戻り次第、土方サンの部屋に連れていくっス。だから、暫しの間お待ちください、と。」

「……、…しかし」

「今この状態で連れてった所で、会話なんて出来ないっスよ? それでも連れてくつもりっスか」


「…いえ。 そうですね、土方先生にその旨伝えてまいります…」


不機嫌そうに顔を顰(しか)めた市村は、やおら立ち上がって部屋から出ていった。

一拍遅れて立ち上がった暁月は、キョトンとして首を捻る。
そして俺達の方へ、助けを求めるような視線を向けた。

どうしよう、とでも言いたいのだろうか。


「…暁月は、市村に無理矢理つれてこられたのか?」

「え、うーん、まあ…。 鉄之助が手伝えっていうから」

「刃朗クン、土方サンが何故呼んでいるのかは、知ってるっスか?」

「なんかそこの姉ちゃんの親がどうとか、こうとか…言ってたけど、難しいことは己はわかんなかった」

「そうっスか…」


顎に手をやって思案を巡らせた山崎さんは、幾ばくかしてから顔をあげた。
そわそわしていた暁月は、それにハッとして背筋を伸ばす。

「とりあえず、サチが起きない事には話は始まらないっスね」

「あ、そっか…」

「刃朗クンは戻って大丈夫っスよ。有難うっス」

「…あ、う、…じゃあ戻る。鉄之助も、待ってるかもしれないし」



サチの様子を気にするように布団を覗いた暁月は、少しだけ不安そうな顔をしてから戸に手をかけた。
バタバタと騒がしい足音をたてて去る赤髪を見送り、思わず浅く溜め息を吐く。

あの二人が一緒にいると、頼もしげであると同時に喧しくて敵わない。

山崎さんは眉間にシワを寄せて唸ったサチの頭を軽く撫でて手拭いを回収した。


「…あえて起こさないつもり?」

「起き次第とは言ったけど、急いで起こすとは言ってないっス。 このまま朝まで寝てるって事は無いだろうし、大丈夫っスよ」

「あ、そう…」


もう一度乗せられた冷たい手拭いに、サチの表情は和らいだ。
この様子だと、朝までぶっ続けで寝かねないと思うのは俺だけだろうか。


To be continued.


前の方の話にも名前が出ていた刃朗の登場。
タイトルの藍に因んで、袴が藍色っぽいのでこじつけで出しました…。


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