道場を走る道着の(いち)



山崎さんが、とても慌てた様子で部屋に飛び込んできたのは、煮え切らないサチを送り出してから半刻ほど経った後だった。



「ちょ…ちょっと、布団を用意してほしいっス…!」

「は? え? …サチ?!」

「呼吸するのを忘れて倒れたんスよ!あぁもう、本当にバカなんスから…!」


促されて敷いた客人用の布団に、山崎さんはサチを横たわらせた。
「ちょっと色々取ってくるっス」と部屋から出ていった背中は素早すぎて、何があったのかを訊ねる事は出来なかった。

(…まあ、仲直り出来たようだし、訊くのも野暮か)


眉間にシワを寄せて苦しそうに唸るサチの、その寄せられたシワをつつく。
さっきまで泣いてたっていうのに、気付いたら倒れているとか、どんだけ忙しい女なんだろうか。



「良かったな、サチ」

聞き手のいない言葉を吐いて、俺は微かに口角をあげた。


暫くして、バタバタと怱々たる足音が近付いてきた。
山崎さんの足音ではない。彼はもっと静かに走る癖がある。

それに、よく聞いてみると、足音は二人分だ。

(じゃあ、これは…)


誰だ?と思う間もなく音は止み、二つの影が部屋の前に立ち止まった。


「失礼します。市村鉄之助と暁月刃朗、土方先生の命により参りました」

「…は?」


突然の事に口を開けて疑問符を飛ばせば、返事をしていないのに障子が物凄い勢いで開いた。
どうやら、しびれを切らした暁月が開けたらしい。


「なんだお前ら…、どうかしたのか?」

「勝手に開けて申し訳ありません。 サチさんを呼んで連れてくるようにと、仰せつかって参りました。 サチさんは…、…寝てます?」

「あー…ちょっと、具合が悪くてな」

「そうでしたか。でしたら、少し失礼して…連れていっても宜しいでしょうか」


「…は?」

有無を言わさぬ市村の猫目に、俺はもう一度疑問符だけを投げ掛けた。
一緒に来ていた暁月は、そわそわとサチを見ている。

そういえばサチと暁月はあまり言葉を交わした事がない筈だ。
少なからず、緊張なんかをしているのだろう。

けれど市村は、そんな暁月の様子も腑に落ちていない俺の様子も気に止めずに、無理矢理にでも任務を遂行しようとしていた。


「ちょ、ちょっと待て。 せめてサチの介抱の為に色々取りに行った山崎さんが戻ってくるまでは…」

「色々ってなんですか? すぐ戻ってくるんですか?」

「いや、知らねぇけど…。でも山崎さんだったら、すぐに戻る筈だ」


「…。では、少し待ちます。 おい、刃朗もここで待つぞ」


市村の言葉を聞いて暁月が頷く。
サチの眠る布団の横に腰を落ち着けた二人に、俺はどうも不安が拭いきれなかった。

山崎さんが戻る前にサチが意識を取り戻した場合、応用を効かせた対応を取れなさそうなこの二人は、すぐにでもサチを連れていってしまいそうである。

(…まだ起きんなよ、サチ)


部屋の戸を一瞥し、それでも揺れないそれに心中で舌打ちした。

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