青い心に巣くう闇
(いち)
彼女を突き放してから数日が経った。
あの日から交わしたのは挨拶程度。
哀しそうな表情を見るのはツラいけれど、仕事を頑張っている姿を遠くから見ていると、やはり心が暖かくなる気がした。
すれ違いのもどかしさ、それと触れられない葛藤。
それは私の感情の奥底をじんわりと蝕んでいる。
(…突き放したのは、自分なんスけどね…)
軽く溜め息を吐いて、部屋の前の縁側に腰掛けて空を見上げた。
雲の少ない青空が、夏の空気をより一層暑く感じさせる。
話がしたい。
でも、無駄な期待を持ちたくない。
笑いかけてもらいたい。
でも、これ以上我慢できる気がしない。
(我慢出来ないだなんて、そんなに子供だったんスか、私は…)
サチの腕や手の、肌の柔らかさを思い出しては心がざわつく。
落ち着かないのは、どんなに突き放しても結局は私がサチを気にかけているからだ。
手のひらを広げて視界を被い、そのまま俯けばそこは暗がりに混じって私一人の世界。
耳に届くのは風の音だけで、髪がそれに弄ばれるのが解る。
その時だ。
私の心を掻き乱す声が、空気を揺らしたのは。
「あ、あの、…山崎さん!」
思わず、首をもたげた。
困惑気味の表情のサチが、少し逡巡して私に駆け寄る。
「だ…っ、大丈夫ですか?」
「…サチ?」
「えっ、は、はい…! な、やみゃ…っ、やま、ざきさん??」
私の手を掴んで心配そうな声をあげたサチは、こちらが心配になるような言葉を連ねて首を傾げた。
大丈夫?とは、一体何にかかってくる言葉なのだろう。
ただ黙ってサチに握られた手を見つめていると、彼女は少し迷ってから唇を動かした。
「ぐ…具合、悪そうに見えたから、あの…話しかけて、すみません…」
「いや、別に…平気っスよ」
「か、顔色が優れないというか、…怠そうに見えたので」
「…」
「…はっ! お面してるのに顔色が分かる訳ないですよね、すみません…!」
バカだなぁもう、と自虐的に呟いて自分の額を片手で押さえたサチは、困惑の色を隠さないで私の手を握っている指の力を強めた。
離したら逃げるとでも思っているのだろうか。
確かに突き放したのは事実なのだから、有り得ない話ではないだろう。
あの日、私を気にしないでくれと、そう言った。
それを素直に守っていたサチは、今日の今日まで挨拶以外は私に声をかけなかった。
(律儀なんスから…)
握られている手を逆に握り返してサチの瞳を覗けば、驚いたのか何度か瞬きを繰り返した。
その瞳は、微かにだけど涙に濡れている。
さっきまで泣いていたのだろうか。
誰かに泣かされたのだろうか。
頭の中に色々な考えが浮かんでは消えた。
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