見上げれば(に)

 


「最近、何か変わった事はなかったか?」

「さ、最近? うーん、別に…あっ……。いやー、べつになにもないですよー…」

「お前、はぐらかすの下手だな。その態度じゃ何かあったと言ってるようなもんだろ…」

「……すみません」

「いや、今回はお前のその実直さがちょうどいい」



かちゃ、と箸がお椀の底を掻いた。
尾関さんがお茶をすする音が、耳に響く。

暫しの間があって、それから尾関さんは手元の湯飲みを見つめてこう言った。


「山崎さんと、なんかあったのか?」



そんな突然の質問に、思わずむせた。
口からあんこが出るのをすんでの所で堪え、私は尾関さんの横顔を見る。彼は湯飲みを見つめたままだった。

私の背中に、妙な緊張が走る。


「…あ、…な、んか、とは」

「うーん、質問変えるか。『何があった?』といえば、答えやすいか?」

「おぜ、き、さんには、…か…関係、ないで、す」

「あん?あるから言ってんだよ。 山崎さんは仕事中にボーッとしてるし、お前はお前で気張りすぎてるし」

「…っ!が、頑張ってる、のに、何で責められなきゃいけないんですか…っ」

「そうじゃなくて…心配してんだよ。最近まで二人ともべったりだったのに、突然会話しなくなったから、皆 気になってんだぜ?」

「そ、れは…その、…すみません…」


畏縮して俯けば、湯飲みを置く音が耳に届いた。
それに気付いて横を見れば、尾関さんもこちらを向いていて、必然的に視線が交わる。


「お前は、すぐに俯くよな」

「…あ、う…すみません」

「また俯く…。 ちょっと、上見てみ?ほれ」


俯いた状態で尾関さんを盗み見れば、彼は私の視界で人差し指を立てて流れるように空へと線を描いた。
釣られるように空を見上げた私の瞳に、眩い緑が映る。

キラキラと光る、命の輝きだ。



「サチな、俯いて足元ばっかり見てると、綺麗な空も雲も太陽も、四季が移る木々の緑も、殆ど見逃しちまうぞ」

「…すみません」

「…もし、山崎さんと仲違いをしているのなら、もっとちゃんと話し合ってみろよ。お前、肝心な時にも俯いて、思ってる事言葉に出してないだろ」

「…っ、あ、はい…すみません…。…すみ……、ませっ」

「…うぉっ?! な、何泣いてんだよ」


わたわたと狼狽える尾関さんを尻目に、私の目は延々と涙を流し続けた。


山崎さんに、私は何を伝えたら良いんだろう。
肝心な時に俯いてしまうのは、確かだ。
けれど、「好きです」だとか、そんな恐れ多い事は言えない。
私は、私が「山崎さんと一緒に居るのが一番心地よい」のだという事だけでも、それだけでも伝えられたら…それで満足なのかもしれない。



「…だーっ、もう! それ片しとくから、お前はその辺ぐるっと回ってその湿気た面どうにかしてこい!」

「ふぁ、ひゃい…! しゅびばせん…!」


鼻をすすって目元を拭いた私は、尾関さんの言葉に背中を押されて足を踏み出した。

ついでに山崎さんのトコ行ってこい!とがなる尾関さん。
私はそれに励まされ、少しだけ決意を固めて歩きだす。

見上げれば木々の葉が煌めいていて、葉っぱの緑にも応援された気がした。



To be continued.

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