黄色くて甘い気持ち
(いち)
島田さんに、飴をいただいた。
疲れには甘い物を食べるのが良いのだと、そんな助言と共に渡されたそれは、キラキラと光る黄金色の塊だった。
「何個かあるから…お裾分けしようかしら」
ぽつりと呟いて、私は目当ての人を探して歩き出した。
「…、何か用っスか?」
少し歩いた先の一室に、目当てであった山崎さんはいた。
挨拶をして部屋に入れば、読み物をしていた山崎さんはそれを閉じて私を見やった。
質問に対して首肯すれば、彼は少し首を倒してから手招きをする。
そんな山崎さんの側に膝をつき、私は黄金色の塊を差し出した。
「…なんスか、それ」
「あっあの、ですね、飴を何個か頂いたのでお裾分けを」
「あぁ、気持ちだけで十分っスよ」
私の言葉を遮るように、山崎さんはそう言った。
何も気にせずに、本へ顔を戻した山崎さん。
今日は忙しいのか、何だか素っ気ない。
お仕事の邪魔をしているなら、早めに切り上げた方がいいかしら…。
微かにそう思ったけれど、それでも、忙しいのならば尚更この飴で疲れを癒してもらいたい。
そう考えていると、山崎さんが「沖田サンにでもあげたら喜ぶんじゃないっスか?」とこちらを見ないままで私の手元を指し示した。
確かに、甘い物といえば沖田さんかもしれない。
よくお饅頭を食べているし、島田さんが作る甘いお汁粉を食べられるのは沖田さんだけだと言っていたし。
彼は相当の甘党だろう。
けれど、この飴はそんなに量はないので、甘いのが特に好きな沖田さんにはあげづらく思う。
「…ででっ、でもっ、私は…や、山崎さん、に、食べてもらえたらと、思って」
「沖田サンでなければ、新しく入った刃朗クンでも良いかもっスね。あの子も甘い物が好きみたいだし」
「えっ? わ、私、刃朗君とお話しした事ない、です、すみません…」
「なら、コレをきっかけにしたらいいっス」
「…、…? やま、山崎さんっ、お…っ、怒ってますか…?」
ガタン、と文机が鳴いた。
私の言葉に淡々と返していた山崎さんが、最後の質問に反応して文机に膝をぶつけたのだ。
「す…っ、すみません、変な質問してしまって!あの、足、痛いですよね…」
「いや…別に平気っス。 怒ってないから、気にしないでほしいっス」
「…でも」
「『でも』じゃなくて…。 もう、ホントに…私の事は気にしないでほしいんスよ。そうじゃなきゃ、…私もツラいから」
手元の本に目を落としたまま呟くように言った山崎さんの言葉が、どういう意味なのか私にはわからない。
気にされたらツラいって、何でなんだろう。
私には、気にされたくないんだろうか。
(私は、山崎さんを気にしたら、いけないのだろうか…)
トン、と、心の真ん中を落っことした気がした。
悲しいとか淋しいとか、そんな感情よりも、ただひたすらに空虚だけが頭の中でぐるぐると円を描いている。
未だにこちらを見てくれない山崎さん。
見えている耳は赤くなったりしてなくて、照れ隠しじゃないと教えてくれていた。
「…おこ、って、ないんですよね」
「……えぇ、まあ」
「なら…あの、これ、やっぱり山崎さんに…山崎さんにお渡ししたいんです。 疲れには、甘い物をつまむのがいいと聞いて…だからその、山崎さんにもこの飴をお裾分けしたくて」
どうぞ、と文机の端に懐紙に包んだ飴を置く。
そこで何か言われるのが怖かったので、直ぐに立ち上がって部屋の外へと踵を返した。
ここで泣いちゃダメだ。
そう思ったけど、やっぱり鼻がツンとしてしまって限界が程近いのがわかる。
振り向いたら涙が零れる気がして、私は後ろ手で戸を閉めた。
…笑えていただろうか。
山崎さんはこちらを見ていなかったから気付かないかもしれないけれど、でも人の様子を窺うのがとても上手いから察したかもわからない。
(次に顔をあわせた時、どうするのが正解なんだろう…)
独りごちても答えは導き出されない。
零れそうになる涙を堪えながら、私は溜め息を吐いた。
飴、食べてくれますように。
そんな事を思いながら部屋の方を見やった私は、山崎さんが飴を慈しむように握り締めた事なんて知るよしもなかった。
To be continued.
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