妬んで話して、微笑んで(さん)



「お、尾関さんを取られたくないという、感じなんでしょうか…」

「…はぁ?!」


もしかして、と思い当たった事を言の葉に乗せた。
すると無表情のお面すらも歪んだと思うくらいに不満そうに、山崎さんが叫ぶ。


「すっ、すみません! 山崎さんがどの隊士の方と仲が良いか知らなかったから…! と、友達が違う人と仲良くしてるのって悔しくなりますよね、そうですよね…」

「ち…っ、ちが…! 確かに尾関サンは監察という役職が同じっスけど、『友達』では…!」

「すすすすみませんでした…気が付かなくて…! でも、あの、その、お仕事をしてる間だけでも、ぅお、尾関さんを、か、貸していたたた…ただけると…助かる、の、ですが…」


段々と自信がなくなってきて、小さくなっていく言葉。
それから最後にお決まりの「すみません…」をつければ、私の手を掴んだままだった山崎さんは盛大にため息を吐いた。
そして両の手で頭を抱えたかと思うと、思い切り頭(かぶり)を振る。



「あぁもう、本当にサチは頭が悪い…馬鹿なんスね…」

その一言に衝撃を受けて閉口すれば、彼は微かに笑ったような気がした。
からかわれていた、のだろうか。
結構本気で言ってたような、気もするけれど…。




「でも…ちょっとスッキリしたっス。さっきの言葉は、気にしなくていいっスよ」


「へ、そ、そうですか…? 」

「それはそうと、もしかしたら尾関サン、もうそろそろ怒ってるかもしれないっスね」

「あ…っ、た、大変…! 早く行かないと!」


折角私だってやれば出来るのだと頑張ったのだというのに、このままでは全てが無駄骨だ。

そう思って背筋を伸ばした私の行動に制止をかけるように、山崎さんが私の手を引いた。
不思議に思っている間に、掴んでいた手を離して私の頭を軽く撫でると、再度私の手を掴み直して歩き出した。

流れるように行われたそれに、ぱちりと瞬きを繰り返す私。
山崎さんはそんなの気にせずに私の手を引いている。



「一緒に行って謝ってあげるっスよ。私の所為っスからね」

空いた手にはお盆が乗っていて、そこにさっきお茶を注いだ急須や湯飲みが並んでいた。
流石に山崎さんは器用だな、なんて小さく思って、それから着いてきてくれる事を喜ばしく思った。


「…やっ、山崎さん、有難うございます!」

「私の所為だし、礼を言われる程の事ではないっスけど…」

「いいえ、気にかけてもらえた事が嬉しいんです」



笑えば、山崎さんは少しだけ口籠って顔を背けた。
当然ながら、耳は赤く色付いている。

(…ほんと、照れ屋さんなんだなぁ)


いつもの山崎さんからは微塵も感じられないそんな性格を、私にだけは見せてくれてるのかしら。
そう思うと、何だか嬉しくなった。

悋気を起こしてるのだって、尾関さんを取られた事じゃなくて、逆だったらよかったのにな。
それなら嬉しいのに…。


(…あれ?)

何で、逆がいいのだろう。

尾関さんに私を取られたくないって思ってもらえたら…。
要するにそれは、好いてもらいたいって事なんじゃ…。


「…っ!」

「…サチ? どうかしたんスか?」

「い、いえ、何でも…」


私を覗いた山崎さんに短く言葉を返して、唇を噛み締める。


あぁ、何だ。
私、山崎さんの事──






「あまり怒られないといいっスね」

「そ、そうですねー」

「なんスか、他人事のように。サチ自身の事っスよ?」

「すみま…っんん、…お、怒られたら、山崎さんに助けてもらうので…へ、平気、です」

「ああ、そういう…」


緩く繋がれて引かれた手は、温かくて優しい。
こんなどうってことのない会話も、何だか楽しく思えるのだ。

私が頑張ってると、気付いてくれた。
山崎さんは洞察力が秀でているから、偶然気付いてくれたのかもしれない。
けれど、私を見てくれているのが山崎さんで本当に良かったと思う。

だから、「どうせなら、このまま山崎さんがお買い物を同行してくれたらいいのに…」なんて、そんな馬鹿げた恥ずかしい考えは、心の奥に押し込んだ。


この感情は、まだ誰かに伝えるほど立派な物じゃない気がするのだ。



空は青く光って、風が雲を蹴散らして敷布を翻す。

私は気持ちのいい昼下がりに、自分一人の秘密を胸に留めて微笑んだ。



To be continued.


因みに、尾関さんには「山崎さんに免じて許すけどな…」と前置きをされた上で少しだけ怒られました。


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