妬んで話して、微笑んで
(に)
少しして戻ってきた山崎さんは、手にお盆を持っていた。
「…え、あの…、お、尾関さんがお呼びなのではないんですか…?」
「今お茶をいれるんで、ちょっと待つっス」
「え、うぁ、すみません…」
邪魔するなと言わんばかりのそれに、私は口を噤(つぐ)んだ。
ほんの少し待って出てきたお茶は、満を持して私の前に置かれる。
お疲れ様っス。
そう言って出された湯飲みに、ぅお…お疲れ様でした、と返して手を添える。
有無を言わせぬそれに逆らえず口にしたそれは、温かいけれども飲みやすい温度になっていた。
思わずぐいっと煽って、喉を潤す。
美味しい、と溢せば、それは何より、と満足げな声が聞こえた。
「それにしてもサチ、いつもより気合いが入ってたみたいっスけど何かあったっスか?」
「え…? あ、あの、もっ…、もっと…頑張ろうとおも、…思ったんです、すみません…」
「何で頑張ろうとしたのに謝るんスか…。 あ、お代わりどうぞっス」
間髪いれずに入れられた二杯目に首を傾げていると、山崎さんは自分のお茶もいれて啜りだす。
倣うようにお茶を飲めば、山崎さんから笑声が漏れた。
温かい。
ほっこりと指先から暖まるのがわかる。
手の中の温かいお茶を啜れば、気を張っていたのがゆるゆると溶けていくような気分になった。
「最近、すごく頑張ってるっスね」
「…え、誰が…ですか?」
「サチが、に決まってるじゃないっスか…」
「…あ、はぁ。…ん? え、あっ、有難う、ございます…っ」
お茶でまったりしていた為に、ぼんやりして生返事をしてしまった。
それに対して「すみません」と俯けば、「平気っスよ」と頭を撫でられた。
それにしても、頑張っていると知ってもらえていた事が嬉しくて仕方ない。
少しでも、サチはやれると思ってもらえたらいいな。
そう思っていたけれど、どうやら考えすぎの一人相撲だったようだ。
(見てる人は、ちゃんと見てくれてるんだなぁ)
ふふ、と表情を綻ばせれば、すっかりと解きほぐされた気になる。
…いや、しかし忘れてはならない。
さっき山崎さんに伝えられた、尾関さんが呼んでいるという情報は、しっかり頭にとどめてあるのだ。
お互いがお茶を飲み終わったのを確認した私は、庭の方へおりて山崎さんに向き直る。
「…えっと、じゃあ私、失礼しますね」
「え?」
「えっ…、いや、尾関さんが、…よ、呼んでる、んですよ、ね?」
なんだか山崎さんが怒ってるような気がして、私は尻窄まりになりながら謝った。
気がしただけなので、確証はない。
けれど、確実に「え?」の一言にはこちらに口出しをさせぬ何かを孕んでいた。
それから、何か言いたげな含みがある。
「…や、やみゃ…っ、やま、ざきさん。」
「人の名前をトチらないでほしいっス」
「う…すみません…、あ…あの、えっと…。山崎さん、何か私に用事でもあるのでしょう、か…」
「用事?」
「…尾関さんの所へ行く前にすむ事であれば、お受け出来るかなって、思って…」
まっすぐに目を…山崎さんの場合はお面ののの字を、という事になるが、そこを見つめてしっかりと言葉を放つ。
尾関さんをお待たせしてしまうのは申し訳ないけれど、今は目の前にいる山崎さん優先だ。
そう思ったのに、山崎さんは私を見たまま沈黙した。
幾ばくか思案を巡らせた後、ぽつりと呟く。
「無理なのは、わかってるんスけどね」
「はい」
「…尾関サンと、二人で買い物に行くのは止めてほしいっス」
「はい、…ん? え?」
寂しげにも聞こえる声音で紡がれた言葉。
聞き返した私の声から逃れるように少し俯いた山崎さんは、私の手を掴んで握った。
「馬鹿馬鹿しいと思うんス…。悋気(りんき)を起こしてる場合じゃないって、思うんスけど…」
「…ああ、はぁ」
「…意味わかってないスね、サチ」
「うぁ、すみません…」
謝れば小さく制されて、私は思わず口を噤む。
山崎さんが、誰に悋気を…嫉妬をしてるというのだろう。
…私と尾関さんが話すのが嫌で嫉妬心に駆られているのなら…それってもしかして……。
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