リンゴみたいな
(感謝を込めて8のお題)
「こんちはー、銀ちゃん居るー?」
仕事持ってきたよー、と私は玄関の引き戸を開けた。
部屋の奥から聞こえた大爆笑と次いで聞こえた勝手に入れという許しに、履いていた高下駄を脱ぎ捨てる。
顔を見せずに返事だけをした銀時に少々苛立ちを覚え、ずかずかと不躾な世帯主の元へ急いだ。
「ちょっと銀ちゃー……ああ、あ?」
のれんをくぐり、ソファーの置かれたわりかし広いその部屋に顔を突っ込むと、そこに居たのはいつも通りの万事屋三人衆プラス一匹。
(あ、定春君はお昼寝中みたいだから、実質的には三人だわ。)
いつも通り。…と言ってはいけないだろうその空気に、私は顔をしかめた。
住人A、坂田銀時。
彼は笑いが治まらないらしく、文字通り腹を抱えて床を転げていた。
住人B、神楽。
彼女は不満そうに、もう一人の住人を突いたり蹴りを入れたりしている。
そして住人C、志村新八。
不機嫌そうに頬を膨らませた彼は、彼と呼ぶには似つかわしくない何やら可愛らしい恰好をしていた。
蹴られて体がよろめく度に、ひらりふわりと揺れるふわふわのスカート。
同じく揺れる三編み。
頭上には黒い大きめのリボンが鎮座している。
簡単に言ってしまえば、いわゆる、ゴスロリだ。
(正確には、青を基調としたアリスロリータね!)
なんて、可愛い。
なんて可愛いッ。
「新八さぁぁぁぁあああん!!!!!」
「…ひィっ、なまえさん?!」
床をのたうちまわる銀ちゃんを飛び越え、不満そうな神楽ちゃんを押し退け、私は慌てふためいた新八君の肩を力の限り思いっきり掴んだ。否、抱きしめた。
がしっと腕の中に彼を閉じ込め、私はこの状況に浸って深呼吸。
新八君の髪からシャンプーの香りがほのかに漂う。
鼻を擽るそれに、私はキュンと胸を締め付けられた。
(可愛い!可愛い可愛い可愛い!可愛すぎる!萌える!)
困り顔の彼に気付き、私はぱっと身体を離す。
しかし肩を掴んだ腕だけは離さずに、私はにこりと笑った。
「あ、あの、この格好には理由が……」
「わかってるわ新八君、とうとうこっちの道に目覚めてしまったんでしょ?! 大丈夫よ新八君、可愛すぎるもの!
でもスカートはもう少しボリュームのある方が良いわね、パニエはもっと厚めの物をオススメするわ。ああ、ドロワーズの方が良いかな。
あっ、オプションにはうさぎの人形なんかどう?トランプ柄の服を着た子ならアリスっぽいもんね! てか髪は降ろしてる方が良いなぁ、アリスだし!」
「え?ちょ、あの! なまえさん!」
鼻息も荒く囃し立てる私に、新八くんは必死になって手を振った。
しかし私は止まれるはずがない。
だってこんな完璧に近いアリス、見た事ないもの!
「やーもー可愛い!ぎゅううっ!」
「くるし…っ、あ、あの聞いて下さいよ…!」
「可愛い!食べちゃいたい!」
「ぎゃああ!!やめてくださいなまえさん、ぬ、脱がさないで下さい!」
顔を真っ赤にして抵抗する、可愛い可愛い新八君。
私はそんな新八君にもう一度抱き着いて、回りの目なんか気にせずに、彼の頬に口付けた。
リンゴみたいな理由が、もうすぐ行われる賞金の高い女装大会に出る為だって、説明されなくても解ってた事なんだけど、それは敢えて言ってあげない!
(慌てる新八君が可愛くてならないんだもの!)
[ 10/20 ][*prev] [next#]
[back]