近付くのは真実の虜か
(いち)
異世界から来た姫。
円という姓の女性。
思い当たる節なんか、一人だっていなかった。
けれどひっかかったのは、『異世界』という言葉。
それは要するに、この江戸を知らないという事だろうか。
ならば、僕は確かに知っている。
この『江戸』を知らない、女性を。
昨日、僕と小百合さんの二人で出掛けた時の事を思い返す。
小百合さんは天人の機械技術を物珍しそうに眺めていた。そして、あんな物は知らないと、そう言った。
家の中にあった色々な家電に嬉々とした眼差しを送っていた事も思い出す。
(思えば、それだけでも不思議な箇所は上がるじゃないか)
しかし特に『おかしかった』のは真選組に行った時。
自分の知る沖田君はこの人ではないと、真選組ではない『しんせんぐみ』の存在を必死に訴えて、今にも泣いてしまうんじゃないかと、僕はヒヤヒヤしたのだ。
あの眼は嘘なんか吐いてなかった。
嘘でないなら、彼女の言う本当は何処にあるのか。
答えはひとつしかない。
「小百合さんが…異世界の姫……」
己の脳みそに染み込ませるように、僕は呟いた。
手には万事屋の家計を支える財布とエコバッグ。
…というなんとも環境保護に特化したマヌケな恰好ではあるが、頭の中はひたすら真面目にシリアス回線フル稼動だ。
とりあえず、今日小百合さんが帰って来たら苗字を確認しなくちゃいけない。あと、もし小百合さんが『円』さんなんだとしたら、鈴さんに引き渡しになるってのと、この世界に小百合さんの家がないという説明もしなくては。
(やる事だらけだな…)
黙々と考えながらも買い物を終え、特売のスーパーから万事屋への帰路へ着く。
エコバッグの中には、二、三日分の食材と、そして、昨日手に入れ損ねた京都の地図。
もしかしたら使わないかも知れない、と躊躇したが、念の為に買っておいたのだ。
(これで買い物も無事に済んだし、早く帰ろう。)
「早くしないと、小百合さん帰って来ちゃうしね。」
肩からずり落ちたバッグを掛け直し、僕は前を向いて歩き出した。
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