その色に懐かしむ
(いち)
(新ちゃん。)
初めましての挨拶なんかなくて、失礼な事ばっかりしたけれど、それでも新ちゃんはいつも笑ってくれた。
(私は、貴方に恋をしました。)
私の過去の事も、嫌な顔ひとつせずに聞いてくれたし、色々と相談にも乗ってくれたの。
今の私があるのは、島原を逃げたあの日、新ちゃんに逢えたから。
知り合って以来、見る機会の増えた浅葱色の羽織りはとても綺麗で、抜ける空の下で翻った羽織りがとても印象的だったのを覚えている。
夢を見た。新ちゃんと初めて会った時の、嬉しい夢だ。
けれど、それは所詮『夢』であって、時が経てば現(うつつ)に引き戻される。
ゆっくり目を開く。
見渡せば、そこには居た筈の桂さんは居らず、困り顔をした、物売りのオジさんが座っていた。
何故私の横で見ていてくれていたのかと訊ねたら、
「長髪の坊さんから いきなしお嬢ちゃん預けられてさ、『目を覚ましたら、アイスを食わせてやってくれ』って頼まれたんだよ。」
と、そう言って、心底疲れたように溜め息を吐いて、明後日の方向を眺めた。
どうにも話し掛け辛く、私もオジさんと同じ方向を見遣る。
(…桂さんはもう帰ったのかぁ。)
桂さんが帰ってしまったのなら、私はこのオジさんと何をすればいいんだろう。
そんな事を考えていると、私の頬になにか冷たいものが当てられた。
「うひぁっ!……び、びっくりしたぁ…」
「ああ、ごめんごめん。 あの坊さんには、アイス代多めに貰ってるからさ、お嬢ちゃん好きなだけ食べてって良いよ」
にこりと笑って「まぁ、限度はあるけどね」と付け加え、オジさんは手に持っていた『あいす』を私に差し出した。
……冷たい。
そっと触れて、その冷たさに驚いた。
ぎゅうっと握り、その冷たさを痛感する。
この冷たさから考えるに、アイスとはすなわち氷の意。
そして、オジさんの言葉からして『食べ物』である事は確かだ。
(…これ、この前のおまんじゅうみたいに、ペリペリ剥がれるのかなぁ……?)
ひっくり返したり、先の方を引っ掻いたり、訳も解らず振ってみたり。
私は渡されたアイスに、文字通り悪戦苦闘していた。
それを見ていたオジさんは、私の行動があんまりにも不思議だったのか、苦笑いを浮かべて私を見つめている。
誰もかもが食べ方を教えてくれるとは限らない、か。
私は浅く肩を落とし、封が切れる様子のないアイスに目を戻した。
(もしかして、コレはこのまま食べれるのかなぁ…。)
そう思い、数拍置いてその棒状の冷たいアイスの端をぱくっと口に含む。
瞬間、オジさんはえ?と濁った短い叫び声を上げた。
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