私の始まりの詩(いち)


年は確か、文久三年。
時は夏頃。

場所は花街付近。
正確には、島原大門の前。


その日、島原は人でごった返していた。

自分の着物に染み付いた白粉の匂いが、鼻を掠める。
むせ返るようなそれに堪えながら、私は親に羽織らされた着物をたくし上げて走った。


私と新ちゃんが初めて会ったのは、そんな時だった。





人込みを掻き分けて、私は逃げていた。

後ろから追うのは、私を育ててくれた父が雇った浪人。私はそんな恐そうな顔の人達に追われ、ひたすらに駆けた。

後ろなんか見る暇はなかった。それに振り向いたら速度が落ちて、捕まってしまうだろう。
それだけは、それだけは避けなければ。

大門の用心棒をかい潜り、ごった返すそこから外に飛び出す。
その瞬間、前を歩いていた人にぶつかった。



「び…っくりした〜…、どうしたのお姉サン、そんなに急い、で…?!」


痛い、と思わず声は漏れたけれど、こんな所で止まってる場合ではない。
振り向かなくてもわかるのだ。後ろから来ている追っ手は、もうすぐそこまで近付いている、と。



「……ご、ごめんなさいっ」

ぶつかったその人の腕を思い切り掴み、そのまま路地裏の方に引っ張り込む。
驚いているその人を通り側に立たせて壁にすると、追っ手から見えないように、私は懐に飛び込んだ。


「な、何?お姉サンどうし……」

「ちょっとだけ我慢して!」

「え…え…!?」


ぎゅうっと抱き着いた状態で、通りに耳を澄ます。
円嬢と私を呼ぶ声が遠ざかったのを確認し、抱き着かれたまま動かないでいてくれたその人から離れた。



「追われてたノ?」

「と…まぁ、そーです。 …んと…有難うございました」


ぺこりと頭を下げて、助けてくれた人の顔を見る。
助けてくれたというか、助かる為に手伝ってもらったのが正解だけど。

鼻の頭に傷伴を貼っていて、頬にはそばかす。邪気の無い笑顔が、とても清々しかった。


たくしあげて走った所為で着崩れした着物を直し、お兄さんにもう一度感謝の意を述べる。
気にしなくていいヨと笑った彼に、私は安堵した。


「どうせ俺も、散歩がてらに見回りしてたようなもんだしネ」

「みまわり、って、……お兄さん、同心とか?」

「あー…いや、俺は壬生浪士組の……」




安堵したのもつかの間、だ。
心臓が口から出るかと思ったのは、初めてだった。

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