優しい鬼(いち)

  

「あ、小百合ちゃん。副長になにかされそうになったら遠慮なく叫んでいいからね」


そう言い残して去った山崎。

あいつの言い残したその言葉の所為で、俺とこの女の間には妙な溝が出来た気がする。
いや、確実に出来た。



隣に座っているのに、物凄く離れているような錯覚を覚える。
かなり重症だ…。




思い起こせば、事の始まりは昨日の事だった。

大事な話がある、そう呼ばれた近藤さんと俺は、屯所にある一番広い座敷で待っていた松平のとっつぁんの正面に腰を下ろした。




「どうやら、上は別の世界から来た女っつーのを探してるらしい。」

「え…? …そりゃあ一体どういう事だ、とっつぁん?」


とっつぁんのその言葉を理解しかね、不安げに返したのは近藤さんだ。


話の内容を簡単に言えば、所謂『人捜し』。

しかしその依頼主というのが実に厄介で、どうやらかなりの勢力を持った天人らしい。


「もし失敗したら、近藤の首もオジサンの首も物理的にチョーンと吹っ飛んじゃうから覚悟しろよォ」


「チョーン? チョーンンン?! 物理的に?! そ、それだけはご勘弁を!」


「いやオジサンだってまだ死にたくないからね。 栗子の花嫁姿見るまでは意地でも死なないからね。見ても死ぬ気ないし、まず嫁に出さないけど」


チョーンと言いながら首を切るジェスチャーをするとっつぁんに、近藤さんは本気で恐がっていた。
ちらりと俺を見て、どうしようトシ…と泣き言まで言い出す始末だ。


「とりあえず、別の世界から来た女っつーのの捜索はするが……そんな女ホントに居るのか? 別の世界って、天人の事じゃねぇよな…」

天人なんだったら、是非とも自分等の手で探してくれ。そう思いながら近藤さんを無視しつつ、とっつぁんに訊ねる。
とっつぁんはタバコの煙を吐き出すと、あぁ、と短く漏らした。


「ちゃんと地球人だから、それは安心しろ。つい最近こっちに喚ばれたばかりらしいから、今ならこの世界に馴染んでねぇだろ。 多分、簡単に見付かるはずだ。」

「じゃあパパッと見付けりゃ、俺の首は飛ばないって事かとっつぁん! トシ、俺の首の為に頑張れ!」

「何で俺に全部投げんだよ! …解ったから、近藤さんはちょっと黙っててくれ。とっつぁん、外見的な手掛かりは?」

「残念ながら、外見的な手掛かりっつーのはないんだよなぁ。 ま、『異世界』の『人間』の『女』っていう条件にあう奴なんてそうそういないから大丈夫だろ。」


またふぅ、と煙を吐く。
じゃあ任せたぞぉ、と煙を燻らせながらやる気のない声で言うと、とっつぁんは立ち上がり戸に向かって歩き出した。


「あぁ忘れてた。」

戸に指をかけ、呟く。


「もうひとつ、手掛かりあったわ。そいつの名前。」


その、名前は。

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