僕らの前に永遠は無い(いち)





「坂田さん達って、小百合の昔の話、どれだけ知ってんの?」



息苦しそうな小百合を抱き締めたまま、永倉が言った。
視線は小百合に落としたまま、恐らく目を離さないようにしたいのだろうそれに、俺は頭を掻いた。



「お前が何を危惧してんのか知らねぇけど、俺達が聞いたのは母親が遊女で、義理の親に厳しく育てられたって話だけだぜ? そんで、母親と同じ店に売られそうになって逃げた所で、そこをお前に助けてもらったって」

「それだけ?」

「…それだけっつーか…それしか話してくれなかった。誰だって話したくない過去ぐらいあるだろ。それを根掘り葉掘り訊いたりしねぇよ」

「…、意外と良心的だネ。…あー、別に喧嘩売った訳じゃなくて!小百合を大切に思ってくれてるんだなって感じたんだよ! だからそんな睨まないでくんない?」


こちらを一瞥して慌てた様子の永倉に、俺は睨むのを止めて小百合に視線を落とした。
「…なら、少しはわかってくれるかな」と呟いた永倉は、小百合を抱く手を強めて俯いた。


「小百合、厳しい言葉とか…呆れられたりするのに、本当に弱いんだ。」

「…さっきみたいな?」

「まぁ、そんなとこかな…。幼い頃から罵声を浴びせられ続けて、言われた事を出来ないと呆れられてまた怒られて、それの繰り返しだったらしいんだよネ。だから、それを思い出して、かなり凹むっていうか…気が動転しちゃうんだ、見ていて痛々しいくらいに…」


トラウマを抱えている、という事だろうが恐らく永倉には通じないだろう。
そういえば、小百合がここへ来て間もない頃、俺の吐いた溜め息に対して泣いて謝った事があった。あれも今回のそれと同じようだ。

そう思っていると、小百合の小さな声と身動ぎが目に入った。
気付いたのはもちろん俺だけでなく、新八や永倉も小百合の動向に注目する。
永倉が小百合の名を囁きかけて、その背中を微かに叩く。

すると少女は、静かに立ち上がった。けれどもその瞳は、固く閉ざしたままだ。
自分の腕から離れてしまった不安からか、永倉の表情がひどく歪む。
もう一度名を呼んだ時、小百合はゆっくりと目を開けた。



「…呼んでる」



不思議に思う間もなく、少女は呟いた。

そして、どこを見ているのかわからぬ瞳で玄関の方向を向く。
どこへ行くのか、訊ねようと唇を開いたが、何故だか声は出なかった。
それどころか、身体が上手く動かない。

どうやら永倉達も同じ状態のようだ。
困惑顔の二人から離れ、俺の横を通り過ぎて玄関へ向かう。
その様子を、自由の利かぬ身体を無理矢理動かしてやっとの事で見ていれば、開け放った部屋の扉から黒い服を着た男が姿を表した。


大和屋鈴、ではない。
ましてや真選組でもない。


黒い服に身を包み、顔にさらしを巻いた一人の男。

その黒服は近付いた小百合の頭を撫で、頬に触れ、華奢な身体を抱き締める。
そして絞り出したような切々とした声で呟く。


「やっと、…やっと君の命に触れられた…!」



その言葉の不可解さに眉を顰めた俺達に向かって、黒服が微かに微笑んだ。
次の瞬間には、急激な眠気に襲われる。

鼻につく、甘い香のかおり。
それが何かの薬なのだと気付くのは容易だった。

ドロドロと眠気に溶けていく視界に映った小百合と黒服は、まるで魔法のように消えていった。



(…あいつ、天人か…)


鈴ではない。
尚且つ、恐らく天人である。

小百合の命を狙っている黒幕は、一体誰なのだろう。
薬で寝てしまった俺達を次に目覚めさせるのは、神楽のきつい右ストレートだった。

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