黒い愛憎の行く末(いち)



「有難う、それから御免なさい」

笑顔でそう言ったその女を愛したいと、俺は本当に思っていたのかもしれない。


俺に向けられた偽りの愛情すら、心地よく感じていたのだ。
だから、俺の元から去っていったその艶やかな黒髪を、力ずくで取り戻せなかった。

階下へ飛び降りたその背中を抱き締めて、俺の元から逃げ出せないように閉じ込める事が出来たならば…あるいはその姿をそのまま終わらせる事が出来たならば。




そうすれば──


(誰にも渡さずに、すんだかもしんねぇってか?)



一瞬でも馬鹿げた考えが頭をよぎった事を恥じる。
手に入らないから壊すなんて、そんな、そんな…



「やれば良かったのに」


後ろから、そう声が聞こえた。
振り向けば、そこには大和屋の姿があった。


「そんなに手に入れたくて、そんなに手に入らないなら、いっそ殺しちゃえば良かったのに」

「…バカな事ぬかしてんじゃねぇ」

「一瞬でもその考えが浮かんだ癖に、何を強がってんのさ」

「うるせぇな…行動するかどうかは、個人の問題だろ」

「でも、殺せばあの死体はアンタの物になってた」

「あいにく、屍姦には興味ねぇんでな」

「…あの女を殺してくれなきゃ、俺の計画は丸潰れなんだけどな…。はあ。まったく、思い通りにはいかないな」


あーあ、とわざとがましく息を吐いた大和屋は、手に持っていた髑髏を撫でた。

つまらなさそうにする赤い瞳に、俺は小さく舌打ちをする。
しかし大和屋はそんな事は気にならないようで、表情を取り繕わずに俺を見ていた。


「まあ、アンタが駄目でも、まだ手はある」

「…あ?」

「ふふっ、この世界の幕府の犬は、天人と一緒にいる俺には操りやすくて嬉しい限りだよ」


裏のある笑みを浮かべた大和屋。
にんまりと細められたその瞳は、俺がいうのもおかしな話だけれど、狂気に満ちているように感じた。

[ 112/129 ]

[*prev] [next#]
[back]

[TOP]
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -