その幸せは幸せに非ず(いち)




その女と口付けを交わしたのは、そもそも真選組の奴らを動揺させる為だった。

けれどあの泣きそうな顔が、震える指先が、揺れた瞳が、俺を駆り立てたのだ。
手に入れることが出来るのならば、どんなにいいか。


あの女に会う、少し前の事になる。
手を貸してほしいと鬼兵隊を訪ねてきたのは、長くて黒い着物を纏った、褐色肌の男だった。
大和屋と名乗ったそいつは、にんまりと笑ってひとつの髑髏(どくろ)を取り出した。


黒く漆塗りされたそれは、大和屋の尊敬する『先生』の首なのだと、そう説明をされた。


佐幕派のやつらに襲われた。
助けを求めたけれど、尊皇の志士らも呼ぶ事が出来なかった。

結果、先生は死んだ。
殺した佐幕派が憎い。
見捨てた尊皇派も憎い。

だから──



「世界を壊したいってか?」

「ふふ、そう。そう思ってた事もあった。でも、今は違うんだ。きっと俺は、願いが届いてこの世界に来たんだ」

「…願いは叶いそうか」

「あと少し、かなぁ。 皆がもっと円小百合を愛して、憎んでくれないと」




そう言った大和屋は、髑髏を抱き締めて楽しそうに笑った。

「あともう少しで、先生に…生きてる先生にまた会えるんだ…」


ふふ、と声を漏らす。
プレゼントを開ける前の子供のような、そんな表情を浮かべている大和屋は、気付いたように俺に釘をさす。


「だから、高杉さん。アンタも精一杯あの女を愛してよね」


燃えるように赤い奴の瞳は、何も感情が籠っていないように思えた。

願いを叶える為の生け贄になるその女を、果たして満足いくまで愛せるのだろうか。
どんな女かわからないのに愛せと言われても、納得などいくのだろうか。

けれど、遊女の娘だという情報でそんな気持ちも簡単に霧散した。

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