闇と光の裏と裏(いち)

 


よう、黒猫。
そう声をかければ、浅黒い肌の男はこちらに振り向いた。
赤い瞳を細めてつまらなさそうに笑ったそいつは、名を大和屋鈴と名乗っていた。


「随分とまあ、遅い来訪で」

「…嫌みか」


癪にさわって呟けば、大和屋は俺の方に身体ごと向き直って溜め息を吐いた。
大事そうに抱えた髑髏(どくろ)をひと撫でし、それから「本当、嫌になりますね、先生」と溢す。


その髑髏は黒の漆塗りで一瞬作り物かと思う代物だった。
けれどそれは、幕府に殺された尊敬する先生の骨なのだと、こいつは言っていた。


『先生を殺された』という言葉に、思わず背中が粟立ったのを覚えている。

貴方も同じでしょう?
その声は低く、甘く響いて、耳朶に染みたままなかなか消えない。



「呼んだのは、あの女の事なんだけど」

「…円小百合か?」

「そう、あの女、アンタの所に置こうと思って」

「随分と勝手な意見だな。おおかた、手元に置きたくないテメェの我が儘だろ」


鼻で笑ってやれば、大和屋は当然至極と言わんばかりに満足げに微笑んだ。




そんな経緯で俺の手元にやって来た女は、未だに目覚める事がない。
眠りについてから丸一日経つ頃にようやっと身動ぎした小百合は、両の眼を擦ってから傍らにいた俺の着物を掴んだ。
こいつがどうしたいのか皆目見当が付かず、俺は少し動きを止めた。

小百合?と呼んだ声に、横たわったままのその女は薄く目を開けて呟く。

しんちゃん、と。

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