残されし恋の脱け殻は(いち)



その唇は、小百合、と小さく呼んだ。
神社の一角で倒れていた永倉は、意識を取り戻す前からその少女を探していた。

神楽と定春に視線をくべれば、俺が言いたい事が解ったのか頷いてみせた。

「いくヨ定春、早く小百合を探すネ!」

「ワン!」


高らかに鳴いた超大型犬は、チャイナ娘を背中に乗せて駆け出していった。




もしも、見付からなかったら。そう思っただけで、少しずつ背中が粟立つ。

また守れないのか、俺は。
大切だと気付いた、あの少女を。


自分の不甲斐なさに、酷く胸が痛んだ。




この男、永倉新八は、小柄な割りに意外と腕っぷしの立つ男だった。
小柄ゆえのスピードはさらなり、何処にその力が隠れているのか不思議に思うほどだ。例えば寝てしまった小百合を運ぶなんて事は楽にこなすし、少し前に見た太刀筋は想像以上に力強かった。

恋敵を誉めるのは好かない。
けれど、述べたのは全て紛れもない事実である。

とりあえず、起きぬこいつをどうにかしなければ。

こっちの世界の新八は『お通ちゃんのライブがあるから』というなんとも不埒な理由を述べてこの祭りには来ていないが、こうなったら俺一人でこの状況を打破しなければ。




「…おい、永倉。 おきろ、起きろっ!」


体を揺すって頬を叩けば、男の割りに長い睫毛が微かに動いた。
そしてパチリと目を開けて、

「小百合!!!」


──ゴツンッ


「うごぁっ!」


勢いよく、上半身を起こした。
勢いよすぎて、覗いていた俺の鼻っ柱に頭突きをかます。有り得ねぇ、有り得ねぇけど覗いていたのはこちらだから、文句の言いようがない。
あまりの痛さに顔面を押さえてのたうち回れば、永倉は「え、何、どうかしたノ?」と俺を訝しげに見ていた。
石頭め…っ。


「もしかして、ぶつかった? あららー、ごめんネ」

「…っ、とりあえず目ェ覚ましてくれて良かったぜ。 そんな事よりも、小百合の行方は解るか?」


訊ねれば、永倉は苦虫を噛み潰したように眉間のシワを深く刻んで首を横に振った。やっぱりな、と俺も口を噤む。
探したが見付からなかった。もしくは目の前で連れ去られた。そのどちらかだと踏んでいたのだ。

聞けば、大和屋の声をした小さな子供に会って、その子供と共にいた大男と対立したのだという。

おもむろに立ち上がった永倉は、俺を一瞥して呟く。


「…奴に、椿は蝶に捕まったって…そう言われたんだ」

椿?と聞き返せば、永倉は頷いた。
まず椿と聞いて、俺はひとつの単語を思い出した。

『つばき屋』
その店は確か、小百合の母親が身を置い
ていた遊郭の筈だ。偶然の一致にしては出来すぎているだろう。
しかし、小百合を椿と置き換えて話しているのだとしたら、蝶とは何か。
そこまで考えて、そして気付く。


「高杉の、着物…?」

「え?」

「アイツの着てる着物だ。派手な蝶柄で…」

そう言えば、永倉は「坂田さんの着物も似たようなモンじゃない?」と水を差した。お前がこっち来た時に着てた羽織のが派手だろうが、なんて言い返せば、お互いに腹を立てて睨みあう。
駄目だ、本当に馬が合わない。

『椿は蝶に捕まった』のだとしたら、小百合は高杉の所にいるんだろう。

その結論に落ち着いたが、解決案は何も浮かばなかった。

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