散る花のように
(いち)
赤き椿は夏の夜に燃え、
されど枯れぬは愛の水ありき。
夢の中にて恋い焦がれ、
現に戻りて涙を誘(いざな)う。
災いを呼ぶ黒猫は我等を拒み、
幸福を齎(もたら)す黒猫は
その力を遺憾無く発すだろう。
異なる世界から来たる神子、異世界の姫。
その命と引き換えに、願いは叶えられたし。
その赤い花弁は神子の血に濡れん。
その呪われし神子の名は、
『小百合』と、呼ぶ声に揺り起こされた。
私はいつの間に眠ってしまったんだろう。
「ん、んぅ…?」
最後の記憶は、新ちゃんに呼ばれながらも足を踏み出して射的の屋台に向かった所だ。それが、どうしてこんな何もない板の間に、寝かされているんだろう。
(もしかして…さらわれた?)
耳を澄ませば遠くの方から、お祭りのお囃子が聞こえる。恐らく、そう遠くへは行ってないハズ。
そう思った私は、身体を起こそうと指先に力を入れる。しかしそれは叶わず、見える景色が変わる事はなかった。
何か、薬とかで動けないのかもしれない。私は納得し、変わらない情景をみつめた。
(一人になるなって、言われてたのになぁ)
こんなところで一人でいたら、怒られてしまうだろうか。
でもきっと新ちゃんが、ううん、新ちゃんだけじゃなくて皆が探してくれてるはずだ。
きっと、そう、私の事を…
何かを考えれば考えるほど、私の意識は遠くの方に歩いていく。
やっぱり、なにか薬が効いてるのかもしれない。
にゃあと鳴いた黒猫が視界の隅に現れたのは、私が眠気から逃げられずに何度か眠りに着いてしまっていた頃。
その猫は私の顔の側に寄り、ザリザリとしたやすりのような舌で私の鼻を舐めた。
「うひぃっ…!」
「にゃあ」
「な、にゃんのこれしき…」
「にゃ?」
「ひぁっ、やっぱやめて!」
あまりの感覚に、眠気はどっかに行ってしまった。退いてほしくて騒いでみれば、猫は私の頭の方に回ってもう一度鳴いた。にゃあんにゃあんと響いた声は、また私を眠くさせる。
その時、小さな物音が耳に届いた。
誰だろう、もしかして高杉さん?
必死に体を反らせたけれど指を動かす事すら出来ず、仕方ないので見えない頭上に声をかけた。
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