善なる悪意(いち)


私がここに来てから、一体どれくらい経ったんだろう。

ちょっと経った頃に新ちゃんがこっちに来て、それからまた十日程経ったかもしれない。


「暑いねー、新ちゃぁん」

「んー…でもこの扇風機っていうのは…便利だネ」

「そうだよねー、団扇より涼しいー」


ぶーん、と首を左右に振るそれの前に座る神楽ちゃんを横目に見ながら、私と新ちゃんはソファーでまったりしている。
こちらの暦、カレンダーという物は毎日銀ちゃんの手によってめくられていって、いよいよ夏真っ盛りに突入したのだった。




「え、もうちょっとしたら、またお祭りあるの?」

新八ちゃんの入れた冷たいお茶を飲みながら、私は声を上げた。そんな私に、神楽ちゃんが笑って肯定する。


「そうアル、江戸っ子はお祭りが好きネ! 小百合、また一緒に遊びに行くヨ」

「うん、行きたーい!」

「ちょ、お前ら二人じゃダメだからな」

「小百合、自分が狙われてる身だって分かってないデショ」


べし、と新聞という分厚い瓦版で私の頭を叩く銀ちゃんに、息を吐きながらお茶を飲む新ちゃん。

二人じゃないもん、定春もいるから三人だもん!
神楽ちゃんはそう言って頬を膨らませると、私にぎゅっと抱き着いた。そんな神楽ちゃんが可愛くて、私もぎゅうっと抱き返す。
するとそこに定春君が加わり、私と神楽ちゃんは定春君に押し潰された。



「定春君、重いよーっ」

「ワンワン!」

「小百合、定春は小百合の事大好きネ」

「ワン!」

「あははっ、小百合も定春君好きだよーっ」


押し潰されたまま、そんな会話をする。
私達を見ている新ちゃんや新八ちゃんは微笑んでいて、銀ちゃんは定春君を引きはがそうと踏ん張っていた。

新ちゃんが来てから、そんな楽しい毎日が続いていた。




 
祭当日。
周りからは、夏祭りだと騒ぐ子供達の声が響く。

どこの世界も、夏祭りに騒ぐ子供はいるモノらしい。

小百合と神楽ちゃんはどうしても祭に行きたかったらしく、二人一緒に坂田さんを説得して、定春君を含む五人と一匹で行く事になった。
俺がこの世界に来た日も祭を催していたというのに、本当にここの世界は祭が好きらしい。



「銀ちゃん、早く行くヨ!」

「新ちゃんも、早く早くっ」


前を歩く万事屋二人と一匹を追い掛ける俺と小百合。
因みに、新八君は用事があるとかで、別行動だ。
両側に広がる縁日の出店には、夜を縁取るのと同じように電気が眩しく光っていた。

わたあめ、林檎飴、射的…
それ以外にも、俺達の世界にはないような物まで出店を組んでいる。

小百合は目移りしているようで、わあわあと声を上げながらあちらこちらに足を運んでいた。


「…って、迷子になるヨ、小百合」

「みゃ、ごめんなさーいっ」

「ほら、手ぇ繋いで……」

「新ちゃん射的ー!」

「聞いてる?聞いてないよネ小百合」


まったくもう、と声を漏らして、俺は小百合を目で追い掛ける。
その次の瞬間、小百合はその場所から見えなくなった。


小百合は小さいから、よく人込みに紛れてしまう。
でも今回はそうじゃなくて、そんな簡単に見付かりそうもない気がした。

杞憂であってほしい。

俺はそう願いながら、小百合が向かった方向へ人込みを押し退けた。


 
坂田さん達を置いてきてしまったと後から思ったけども、今はそれ所じゃないだろう。
俺はただ、可能な限り背伸びをして周りを見渡すしかない。あまり背の高い方ではない俺には、それしかなかった。

何列もある出店の列を、いくつか通り越す。小百合、と名を呼びながら、俺は足を動かした。



「新ちゃん」


何度目かの呼び掛けの後に、小百合の声が聞こえた。
俺はその声に導かれるように、それが聞こえる方へ人を掻き分けて進む。



「待って、小百合」

「新ちゃん、新ちゃん」

「何処に行くのサ、坂田さん達はあっちだヨ?」

「新ちゃん、早く早くっ」


姿は見えないけれど声ははっきり聞こえる。不思議だ、そんな事有り得るのだろうか。
どんどんと祭会場の端に向かっている気がする。人気のない所へ、どんどん進んでいる。


「ハァ…、小百合ー?」

「溜め息つくとね、幸せが逃げちゃうんだよー?」


ねぇ、新ちゃん。
そんな小百合の声が、耳の奥に響いた。

前へ前へと導かれる俺。
小百合はまるで、俺を独りにしようとしているようだ。


(おかしい、小百合が小百合じゃないみたいだ、)


刹那、人込みを抜けて、木々の多い神社の一角に抜けた。けれど小百合の姿は見えない。

やっぱりおかしい。


「小百合、ドコに──」


にゃあぁ…

不安になって、坂田さんが貸してくれた木刀を握りしめる。
そんな俺の言葉を遮るように、猫が妖しく、長く鳴いた。

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