蝶に捕まるな(いち)


誰も居ない、真選組屯所。
草影に隠れたまま人が居なくなるのを待った私達は、しんと静まり返ったその場所に、土足で踏み込んだ。


「また子さん、堂々とし過ぎですよ」

「そういう先輩は、キョドり過ぎっス。 晋助様直々の命令っスよ? もうちょっと気張るっス」

「貴方は恐れる事を知りなさい…。これだから年端の行った娘は」

「武市先輩、いや武市変態うるさいっス」

「変態じゃありません、フェミニストです。っていうかわざとですよねソレ」


ずかずかと廊下を行く私の後ろを、ちょっと恐る恐る着いてくる武市先輩。堂々としていれば、いつ何時敵が現れても対処出来るだろうという私の考えは、あまり理解されないらしい。


晋助様直々の命令。
それは、円小百合という一人の女に『印』を付ける事だった。

その為に、真選組屯所に発砲して恐怖感を植え付け、一人残された円小百合に印を付ける。
運の良い事に女は寝ているようだった。
なんて好都合。



「変態、この部屋っス」


私の言葉に反応して変態じゃないと言い返す先輩を尻目に、私は部屋の戸に指をかけた。
さっき、真選組副長の土方が入っていった部屋だ。そこに、目的の女が居る。



「失礼するっス!」

「また子さん静かに………ほほぅ、これはこれは」

「先輩、変態臭いっスその声」


寧ろ変態っス。

そう言えば、先輩は私には目もくれずに部屋の中へと足を踏み入れた。
フェミニストだと反論されるのも煩わしいが、何の反論もされないのも、何だかんだで悔しい。

舌打ちをして先輩の後に続く私。
その先には、一人の女が眠っていた。



「良いですねぇ、黒髪の乙女」

「うるさいっス、このロリコン。 とにかく任務をまっとーするっス、晋助様が待ってるんスから」

「任務を全うするって、漢字解ってます?また子さん」

「うるさいっス、黙れっス!」



ぎゃあぎゃあと言い争う私達の足元で、女は悠々と眠っている。
こんな煩くしていても寝ていられる神経はどうかしていると思ったけれど、逆に好都合だ。
もしもの為にと、即効性の眠り薬も用意していたけれど、どうやら必要ないだろう。

私は腰に付けていたポーチから、晋助様から預かってきた紅い花のタトゥーシールを取り出した。


 
「印、付けるっスよ」

「何処に付ける気ですか?」

「普段は隠れる場所に貼れって言われたっス。 だから……胸とかっスかね。ちょっと先輩どいてて下さいっス」


女の横に座り込んで寝顔に見入っていた先輩を追い払うようにして退かし、私は女の着物の袷(あわせ)に手を差し込んだ。

そのまま少しだけ襦袢(じゅばん)をずらし、左胸の、ちょうど心臓の上にあたる辺りに、ぺたりとシールを貼り付ける。


「OKっス!」

ずらした着物を直し、私は武市先輩に目を向ける。すると先輩は腕組みをしながら美しいと呟いた。
その変態じみた感想に些かげんなりし、こんな奴の前で女の胸元を開いてしまった事を後悔した。私だったら、寝ている間に誰かに顔を見られるのだって嫌なのだ。
尊敬する晋助様とキスをした憎き相手ではあるが、ちょっと同情する。


「帰るっスよ先輩」

「待って下さい、せめて頭を撫でる位なら…」

「キモいからやめろ変態」


ハァハァしているキモい先輩の肩を叩き、帰路に着こうと促す。
やっとこ立ち上がった武市先輩を連れて、私は部屋の外へ足を踏み出した。

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