蝶に捕まるな(に)




私は、晋助様が女に印を付けるように言った理由を知らない。けれどあのタトゥーシールは、ただのシールじゃなかった。

何と言うか、まがまがしい何かを感じたのだ。


「でも、晋助様の為なら…」

「ん? 何か言いましたか、また子さん」

「なんでもないっス!」


ずかずかと廊下を進む。さっき射撃で狙った部屋からは、未だに血のニオイがしていた。
そんな部屋の前を通り過ぎ、私達は乗り込んだのとは違う回廊の先へ向かう。

もうそろそろ、真選組の裏手に鬼兵隊からの迎えが来ている筈だ。


「早く帰りた…、って、ん?」



私はちょっと疲れて、ぐぅっと伸びをしながら呟く。
すると目の前に見覚えのある銀色を見付けた。


ざっと風が吹き抜ける。
さっき通り過ぎた血のニオイが立ち込める部屋から、そのニオイが風に乗って漂った。


「テメェら、高杉んトコの…っ」


目を見張る銀髪。確か、名前は坂田とかいったか。
そいつの言葉にイラッときた私は、思わず頬を膨らませる。


「いくら昔の顔見知りだっていっても、白髪頭なんかに晋助様を呼び捨てにされたくないッス!」

「まぁまぁ、また子さん。いくら小百合さんの方が美しかったからって敵に噛み付かないで下さい」

「武市先輩は黙れッス、小百合って女だって先輩が変態だから美しかったとか言えるんスよ、先輩のロリコン!」


むっとしながらそう叫ぶと、先輩は咳ばらいをして反論はしなかった。
それを良い事に、私は募った不平不満を口に出す。



「しかもあの女、あろう事か晋助様とキスまでして…!」


ああ悔しい!
いや、羨ましい!

そう思いながら唇を噛めば、その瞬間に砂利の鳴く音が耳に届き坂田の隣にいたちっこい男が武市先輩に斬り掛かってきていた。

(しまった…!)

鯉口を切って、それをギリギリで止めた先輩。冷や汗をかいて押し戻したチビのこめかみに私は拳銃を突き付けられた。
刹那、私の拳銃は坂田の木刀でたたき落とされ、その流れで肘鉄が鳩尾に吸い込まれる。


「……うぐ…っ!」


私はその衝撃に耐え切れず、廊下の端に飛ばされた。痛い、そんな事を頭の端で思っていると、武市先輩もチビに攻撃を入れられ向こう側の茂みに吹っ飛ぶ。

今頃、実戦は苦手だとかなんとかぼやいているに違いない。
坂田とチビは私達に見切りを付けたのか廊下の先へ駆けていった。


(ああ、今のうちに)


「先輩、帰るっスよ…!」


痛む鳩尾を押さえながら、私はよろよろと立ち上がる。
上手く息が出来ず、ぜひゅ、と喉が鳴る。


「…あン、の白髪頭、本気でやりやがったっスね…!」

「また子さん、大丈夫ですかー…」

「先輩こそ大丈夫っスか、ボロボロじゃないスか」

「実戦は苦手なんですってば…」

「そんな事知ってるっス。でもそんな事言ってる場合じゃないっスよ」



早く、早く晋助様の所に帰らなくては。

廊下から庭へ飛び降りて先輩を急かし、私はよろめきながら待っているだろう仲間の元へ急いだ。


To be continued.

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