白色恋心
(いち)
向かう先は真選組屯所。
エンジン全快、法定速度も守らずに、俺は後ろに永倉を乗せた状態で広い道路を走り抜けた。
愛しいアイツが無事であるようと祈れば、どんな道でも突っ走れると、そう思う。
「この世界の馬って、全部からくりなノ?」
「ま、大体の移動は。…だな」
俺の後ろから覗くように訊ねた永倉に、俺は振り返らずに答えた。
馬に乗り馴れているからか、バランスの取り方は大分上手い。下手したら事故りやすくなるかと思っていた俺からしたら、嬉しい誤算だった。
「飛ばすからなっ、舌噛むなよ!」
アクセルをぐんと回し、後ろに引かれる動力に負けじと腕に力を込める。
俺の着流しの、腰の辺りを掴んでいた永倉も、それにたじろぎながらも俺の背中に体を寄せた。
走り始めてから何分経ったかわからないけれど、もうそろそろ真選組屯所に着く頃、進む先が何だか騒がしい事に気付く。
火事場のような騒ぎ。そう称すれば解りやすいだろうか。
車が止まっていて、運転手ががやがやと出て来ている。
咄嗟にブレーキを握り締め、俺はバイクを止めた。
「うわっぷ」
「おっと、悪い永倉」
ブレーキをかけた事で前につんのめった永倉は、俺の背中に鼻を打ち付けた。
屯所に向かう道が、封鎖されている。どうやら真選組が道を止めているらしい。
ちょうどいい、ここにいる真選組隊士に顔見知りが居れば……
「あれ、万事屋の旦那じゃないですか。何やって」
「おいハゲ、小百合は何処だ?!」
話し掛けて来たのは、確か原田とかいう隊士。
俺はバイクから降りないまま、つんのめってそいつに問い掛けた。
「小百合さん? ああ、あの娘なら副長達と一緒に屯所戻ってると…」
「その屯所に電話が通じねぇのは何でだ」
「え?! それはないですよ、電話事務だってちゃんと隊士が居るんですから」
「……もういい。 小百合は屯所に行ったんだろ、なら俺達は屯所に行かせてもらうぜ」
アクセルを握りしめ、検問を駆け抜ける。封鎖してるんですけどー!と叫ぶハゲは放っておいて、俺達は道を急いだ。
がら空きだった屯所の門を通り抜け、以前と同じく横滑りをしながら俺は急ブレーキをかけた。
瞬発力のある永倉は、流石と言うべきか、いつの間にか俺の後ろから飛び降りて地面の上に着地している。
被らせていたヘルメットを投げて返された俺は、自分のヘルメットも外して明らかに駐車場ではないその場所にバイクを停車させた。
「ここに、小百合は居るノ?」
「恐らくな」
見回すが、そこに隊士が居る気配はない。しかし確かにある、何かの気配。
澱んでいた空気が、ふと動く。
その刹那、俺と永倉は身構えた。
「血のニオイだな…」
「……そう、だネ」
臭いの元がどこかなんて解り得なかったが、俺は足を踏み出した。けれど、永倉はそこに踏み止まったまま動こうとしない。
どうかしたかと首を捻り訊ねれば、永倉は俺ではなく屯所の奥を見据えていた。瞬間、ぞわっと背筋が凍る。
振り向いた先には、会いたくない顔があった。
「テメェら、高杉んトコの…っ」
風に舞う金髪と、その隣に佇む無表情。
俺の言葉に、金髪がむっと頬を膨らませる。
「いくら昔の顔見知りだっていっても、白髪頭なんかに晋助様を呼び捨てにされたくないッス!」
「まぁまぁ、また子さん。いくら小百合さんの方が美しかったからって敵に噛み付かないで下さい」
「武市先輩は黙れッス、小百合って女だって先輩が変態だから美しかったとか言えるんスよ」
先輩のロリコン!と叫ぶ金髪の女。
そんな女の横で、武市と呼ばれたロリコンが咳ばらいをした。
今の会話からすると、こいつらはさっきまで小百合に会っていたという事だろう。
奴らが居ただろうそっちの方向に何があるのか、屯所の間取りなんか知らない俺にはわからないが、しかしそこへ向かわなければいけないのは明らかだった。
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