白色恋心(に)


武市という奴は帯刀しているが、女は手に二丁の拳銃があるだけ。
勝ち目としては、こっちにあると思う。

しかしこの距離だ、拳銃のある向こうの方が利があるだろうか。
む、と考える。


「しかもあの女、あろう事か晋助様とキスまでして…!」

気配を窺い押し黙った俺と永倉。
そんな俺達の様子を見ずにきぃっと悔しそうに言い、金髪は手に持った拳銃を握りしめた。
その言葉に、俺の心が揺らぐ。


小百合と高杉がキス?
一瞬だけくらりと視界がぼやけた気がした。


「…永倉、小百合はお前以外の人間と口付けを交わすような女か?」

「ハ? そんな訳ないでショ…って、キスってそういう意味なの?」

「おぉ…。 っつー事は、高杉が無理矢理したに決まってんだな。あいつらを何とかしねぇと、どうしようも無いな」

「じゃあ……斬って良いって事だよネ」


じゃり、と足元が鳴いた次の瞬間には、永倉が振りかぶって武市に斬り掛かっていた。
鯉口を切ってギリギリ止めた武市は、冷や汗をかいて永倉を押し戻す。そんな永倉のこめかみに金髪の女が構えた拳銃が突き付けられた。

俺は腰から引き抜いた木刀でその拳銃をたたき落とし、へそ出しだった女の鳩尾に肘鉄を食らわす。

「……うぐ…っ!」


潰れたカエルのような声を上げ、女は廊下の端へと吹っ飛んだ。
そんな女を心配してか、また子さん、と呼んだ武市の横っ面に永倉が回し蹴りをかます。


女とは逆の方向へ吹っ飛んだ武市は、そのまま茂みの中へと姿を消した。
小さな声で、「だから実戦は無理なんだってば…」という小言が聞こえたけれど、そんなのは気にしていられなかった。


この屯所の中に、小百合が居ると信じて探すしかないのだ。

俺達は土足のまま屯所の廊下を駆け抜けた。



奴らが来た方向の部屋の戸を、ひとつひとつ開けて確認していく。

そのいくつめかの部屋に、小百合の姿はあった。



「小百合!」


瞬間、実が爆ぜるように廊下から部屋の中へ飛び込む永倉。
俺はそれを見ているしかなかった。

固く瞼を閉じたままの小百合は、まるで死んでいるのかと錯覚してしまう程だ。

しかしそれを否定するように、永倉がその身体を抱き抱えて肩を揺さ振れば小百合は小さく唸った。


「小百合、小百合…ッ」

「し…、ん…ちゃ……」

「小百合、起きてる?」

「んむぅ…、新ちゃぁん…? ホントに、ホントの…新ちゃん?」



目を擦りしばたたかせてから、小百合は首を傾げた。
本物だヨ、と優しく声を掛けた永倉からは、さっきまでのピリピリとした人斬りのオーラは感じられない。
小百合も小百合で、俺に見せた事のないような、花が綻ぶような笑みを浮かべた。

そんな程までに、お互いを想っているという事なんだろう。


「新ちゃん…逢いたかったよ新ちゃん…っ」


「うん、俺だって逢いたかったヨ」



急に居なくなるもんだから、凄く心配した。
そう言うと、永倉は縋り付く小百合の背中を二、三度摩ってその身体を抱きしめる。
すると小百合は、堰(せき)を切った様に泣き始めた。



「新ちゃ…っ、…うぁぁっ」

わんわん泣く少女の声は、思えば初めて会った時と同じだ。
俺は小百合の泣き声を、泣き声ばかりを聞いている気がする。


「ん、泣かないでヨ。大丈夫だからサ」

「ひ…っく、…新ちゃ、ごめ、小百合、ずっと寂しく、てっ」

「うんうん」

「逢えて、よかった…の、新ちゃぁぁんッ!」


俺も、もう一度逢えて良かった。
宥めるように慰めるように、永倉はそう囁いた。

俺は、そんな二人の様子を見ているしか出来ない。邪魔をするのは、野暮だろう。


(でも、気にいらねぇぇぇ…!!!)


ガツンッと開け切った障子を殴ると、それに驚いたのか小百合が肩を震わせた。
永倉の影からひょっこり顔を出した小百合は、俺の姿を瞳に映す。

その刹那、泣き顔からぱぁっと笑って花を飛ばした。
漫画のような花だ。
さっきの笑顔は儚げで美しいという言葉が似合う笑顔だったけれど、俺に対してはそんな笑顔しか見せてくれないのだろうか。


そう思うともどかしくて、ひどく悔しかった。


けれど、良かったと。
そうも思う。

「小百合、無事で何よりだ」

「んっ、ありがと…銀ちゃん」


礼を言った小百合を連れて、俺達は万事屋に戻ろうと部屋を出る。

気になったのは、さっき吹っ飛ばした金髪女と武市という男が居なくなっていて、尚且つ居るであろう真選組隊士が居ない事だ。
そして風が吹いた瞬間の血の臭い。


誰かが血を流したのは確かだ。
だが、一体誰が?

それは、解らず仕舞いだった。


To be continued.

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