君を想えば(いち)




小百合は、毎日のように屯所に訪れてくれた。
俺も、少しでも開いた時間を小百合と共に居ようとしていた。


確かに、何日も顔を合わせない日が無かった訳じゃない。

現に、戦地に赴(おもむ)いている最中なんかは丸っきり会えて居なかった。
しかし小百合が来なくなってからもう何日過ぎただろうか。
流石にこれは、おかしい。

こんな前触れもなく来なくなるなんて。



「…何かあったのかナ」

昼なのに明るくならない空を見上げて、俺は畳に身体を投げ出した。


家主であるトキさんに訊ねても、「数日前から帰ってきてない」とだけしか言ってもらえない。
それならば、俺に出来る事なんて限られている。

神頼み。っていうか、斉藤一(はじめ)の霊能力頼みだ。


「一、小百合の事何か見えたりしない?」


けれどその頼みの綱も、


「……いや、何も見えぬ。」

「そう、か…。御免、有難う」


脆く崩れ落ちた。

(畜生…)


何も出来ない自分が、酷く情けない。
俺は袖に入れていた小百合の鏡を取り出して握り締めた。これは、小百合が前回此処に来た時に忘れていった物だ。
来なくなった数日後に、いつ会っても返せるようにと持ち歩くようになったのだ。

しかし会える兆しはない。しかも鏡を見る度に、淋しくなる。ものすごい悪循環だ…。

誰に訊いても、小百合の行方は知れない。霊能力という頼みの綱にも見放された。




「…あのよぉ新八、あれっだけ新八に固執してる小百合が、これだけ会わないでいられる筈がないんじゃね? きっとその内、『ゴメンネ新ちゃん』とか言って帰って来るって」

「ぶはっ! 左之、小百合ちゃんの物真似上手ぇ!」

「だははっ、だろー! つーかよぉ、新八がそんな状態じゃあ、小百合の奴、泣いちゃうぜ?」


「そうだよ新八っつぁん。 てかもうすでに新八っつぁんに会えない淋しさで泣いてそうだけどね。」


二人は、ちげぇねぇ!だろだろ!と思い思いに小百合と俺を笑った。確かに、それが、俺らの普段だ。
元気付けようとしているのだろうけど、どうにも俺は元の調子にはなれない。

(淋しくて泣きそうなのは、寧ろ俺だ)


ツッコミのいない漫才を繰り広げる二人に、ちょっと自室で休んでくると伝え、俺は踵を返した。



ごろん、と自室の畳に身を投げ出す。

空は薄灰に滲んで、太陽なんか見えなかった。なんだか俺の心中を物語っているようで、切なくなる。

バタバタと足音が近付いてきたのに気付き身体を起こすと、一番隊の隊士が慌てた様子で部屋の戸を開けた。


「永倉隊長、沖田隊長が風邪で寝込んでしまったらしいので、代行で見回りお願い出来ますか?」

「あー…そういえば総司の奴、具合悪いって言ってたっけ。 良いヨ。直ぐに仕度するから、屯所前で待機しててヨ」


そう言いながら、俺は壁に立て掛けていた刀を腰に差した。
さっきと同じ様にバタバタと足音を立てて走り去る隊士の背中を見ながら、無造作に畳まれた新選組の羽織りに手を掛ける。

ばさ、と翻して腕を通し、俺は部屋から一歩、足を踏み出した。



しかし景色は途端に反転して、


(え…?)


最後に見えたのは、灰色の重い空と、見た事のない空を飛ぶカラクリだった。

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