それは禍の如く
(いち)
ああ、なんで俺は小百合と口論しか出来ねえんだ。
家を出て行った神楽と小百合を見送りながらそう呟く。ソファーごと壁にたたき付けられ、動く気にならない俺に、新八が若干心配そうな顔で大丈夫かと安否を問いかけた。
「……大丈夫ダァ」
「何でそこで変なおじさん? つか変なおじさんってこれ読んでる人に通じますか? 全くもう…、ふざけてないで早くソファー直して下さいよ」
「…へいへい」
手厳しい新八に、俺は渋々身を起こす。
(小百合の事…泣かしちまったな…)
意気消沈、だ。
泣いた理由が解らないのだから、タチが悪い。溜め息を吐いたオレに、新八もまた溜め息を吐いた。
来客を告げるインターホンが鳴ったのは、小百合達が家を出てから一時間かそこらが経った後だった。
新八が応対しにいき、俺はソファーで寛いだまま玄関の様子を耳で伺う。
なんやかんやと会話をし、そのまま「どうぞ」という新八の声が聞こえた。
「…あー…、ジミーだ。」
「うおぉぉい!! 何でいきなり地味の駄目出し?!」
意味がわからないですよ旦那!と山崎が俺にツッコミを入れる。
裏拳のモーション付きで行われたそれを、俺は横目で見遣った。
「んで? 御来訪の理由をお聞かせ願いましょうか、山崎さんよ」
踏ん反り返り、そう言い放つ。
そんな俺に、新八は呆れ顔で溜め息を吐いた。
部屋に招き入れ、聞いた話に俺達は絶句するしかなかった。
「……は? 要するに、『小百合は預かった』と。…そゆこと?」
「えぇ、とどのつまりは」
山崎曰く、小百合は『とある攘夷志士』に狙われたらしい。
だから、真選組で一時預かると。
山崎はそう言った。
とある攘夷志士というのが誰かは、言わなかった。
しかし俺の顔色を窺う様な奴の表情から想像するに、恐らくは、
(…高杉、か)
勿論、決定的な証拠はない。
ただの勘だ。
俺は山崎から、いたく深刻な顔をした新八へ視線を移す。
それに気付いた新八は、俺を見て銀さん、と咥内で小さく呼んだ。
「山崎、小百合は早くていつ帰ってくる?」
「それは…わかりません。安全だと断言出来るまではなるべく帰したくはないと、土方さんは言ってますけど」
その言葉に溜め息を吐いて、俺は新八を見る。新八は山崎の言葉にショックを受けた様で、絶句して口を噤んでいた。
すみません、と呟いた山崎は緩い笑みを浮かす。それに新八は俯き、俺はまた溜め息を吐いた。
「……山崎、何で小百合は狙われたんだ?」
「え?」
ギク、という効果音が相応しいだろうか。
まさにそういう感じで、山崎は俺の顔を見上げた。
「…何で、小百合が狙われたんだ?」
「……それは、言えな──」
「小百合が『異世界の姫』だから……じゃないのか?」
沈黙が、部屋に浸みる。
山崎は俺が異世界の事を言うとは思ってなかったらしく、訝しげに俺を見た。
御察しの通り、と小さく呟いた奴に、俺は肩を下ろす。
(やっぱり、な)
小百合は『異世界』から来た事を、真選組の奴らから聞いたのだと言っていた。それを俺達に説明するなとも。
(まあ、結局バラしちまってるけどな)
だとすれば、異世界の事は真選組にとって重要な意味を持っているという事。
そんな幕府の鍵的存在を、攘夷が放っておく訳がない。
「…じゃあ、旦那は気付いてますよね。 小百合ちゃんを狙ってる攘夷志士の事も」
「……高杉、だろ」
「ええ、そうです。流石旦那だ、鋭いっすね」
山崎がにこりと笑う。
裏のあるような、上辺だけの笑み。
俺はそれに、些かながら恐怖を感じた。
「ま、そういう事なんですよ。 高杉に小百合ちゃんを渡す訳にはいかないんで、しばらくは真選組で預かります。」
反論はありませんよね、と目を細めた山崎。それに対して、俺達はただ頷く他ない。
「じゃあ、また何か有れば連絡します。失礼しますね」
部屋を出る奴の背中を見ながら、俺はこれからの事に不安を感じるしかなかった。
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