破滅への花束
(いち)
にゃあ、と、猫が私に擦り寄る。
目の前にいる鮮やかな着物を着た隻眼のお兄さんは、にやりと笑って私に手を差し出した。
「円小百合、だろう?」
「…、そう…だよ。」
私はその手には触れないまま、お兄さんの右隣に腰掛ける。
行き場の無くなった手を引っ込めながら喉で笑ったお兄さんに些かながら恐怖感を覚えつつも、私は膝に乗っかってきた黒猫を撫でた。
「えっと…私を呼んだのはお兄さん、なの?」
ニヤニヤ笑っているお兄さん。そんな彼に、私は首を倒して訊ねる。
するとお兄さんは、浅く嘲笑を浮かべたまま私の頬を撫でた。
「テメェを呼んだ声は、こんな声だったか?」
「……ん、違う、気がする」
「気がする、じゃねえ。 お前を呼んだのは俺じゃねぇさ」
頬を撫でた手が、するりと猫に下りる。
そのまま猫を撫でると、その手で私の腰をぐっと引き寄せた。
反動で脚が動き、居づらくなった猫が私の上から降りていく。
「…なっ、な…に?」
「喚んだのは俺じゃねぇが、用があるのは俺も同じだ」
「用が、って……」
なに?と唇が動いたのに、声が出なかった。
それは至極単純な理由で、声が出るべきそこが、塞がれていたから。何が、か、考えるまでもなかった。
だって、視界が漆黒の髪の毛と白い包帯で覆われたんだもの。
これは明らかに、口付けされているとしか
(考え、られ、な……)
「…んう、やぁ…っ!」
どん、と胸を押し返す。
私の唇とお兄さんの唇が艶かしい音を起てて離れると、お兄さんは一瞬だけたじろいで直ぐに余裕そうに笑った。
「テメェが『元の世界に帰る方法』っつーのを、教えてやろうと思ってなぁ」
「そ、それと今の口吸いとの関係はなんなの」
「あぁン? たかがキスぐらいでがたがた吐(ぬ)かすんじゃねぇよ。遊女になってたら、こんなんじゃ済まねぇだろう?」
お兄さんは、そう言ってまた私ににじり寄った。私はお兄さんの言葉に動揺しながらも、寄る胸を押し返す腕の力を強める。
何で遊女の事まで知ってるんだろうか。
この世界で私の身の上を知ってるのは、新八ちゃんだけの筈なのに。
それに、私の姓も知っていた。
(……それじゃあ、このお兄さんが大和屋さんなの?)
有り得ない、事もない。
「……お、お兄さん、名前は?」
「あ? なんだいきなり」
「名前、大和屋さんなの?」
胸を押して、これ以上身体が密着しないように努めながら、私は訊ねた。
するとお兄さんは喉で笑い、答えようと唇を動かす。
しかし、その口唇から発せられた言葉を聞く事は出来なかった。
お兄さんの低い声を掻き消す爆発音が、辺りに響く。それに驚いたのか、周りに居た数匹の黒猫が高らかに鳴き、二回目の爆音が轟いた。
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