祭囃子に狂気の血潮
(いち)
江戸、かぶき町。
此処に来てから、もう七日近く経った。
それだけ此処で暮らせば、私が居た京都と比べて格段に発達したからくり技術にも、大分慣れてきた。
厠やお風呂、仕舞いには釜戸まで。
進歩したからくりとは本当に凄いと感心してしまう。
(だって、ピッて一回押すだけで全部出来ちゃうんだよ!凄い!)
わからない事だらけで、万事屋や真選組の皆には色々と迷惑かけたけど、私は大分溶け込めた気がする。
そんな矢先に、『事件』は起きた。
その朝、目を覚ますと、目の前には定春くんが正しく座っていた。
「わん!」
「ん…、おはよ、定春くん」
私が寝ているのは、神楽ちゃんが寝る押し入れの前。
そこに布団を引き、寝床としている。なので必然的に、起床一番に見るのは定春くんだ。
初対面の時は散々怖がってしまったけれど、あれから何日も経ち定春くんとも仲良くなれた。朝の早い私の、貴重な話し相手にもなってくれている。
(定春くんと話してると、何だかブーブー騒いでるサイゾー見てるみたいだなぁ)
ワン、と鳴く定春くんの頭を撫でて、私は神楽ちゃんから借りている寝巻に手をかけた。
パジャマというこの西洋の寝巻は、まったく持って扱いにくい。私は指先器用じゃないので、ボタンと呼ばれる留め具を外すのも一苦労だ。
朝日が顔を出してから少ししか経っていない所為で、空はまだ白いまま。そそくさと襦袢に袖を通し、勲ちゃんが「新しい物も必要だろ」と買ってくれた淡い藤色の着物を身につけた。
「定春くん、これ似合う?」
「わんわん!」
「えへー、ありがとー」
元気よく鳴いた定春くんの首に抱き着き、私は笑った。
朝早く、万事屋のみんなが起きてくるのは、もうちょっと後だ。
新八ちゃんが自宅からここへ来て、それからしばらくしてから活動が始まる。
「お早う、銀ちゃんっ」
「おー……」
寝ぼけた頭を振りながら、銀ちゃんがそう答える。新八ちゃんにたたき起こされた直後は、いつもこんな感じだ。
「あのね、今日お祭りがあるんだって、神楽ちゃんが!」
「マジでか…、…じゃあ…遊び行く…か?」
とろん、とした顔で、そう言う。
あ、また寝そう。そう思いながら、未だ布団から出ようとはしない銀ちゃんを、枕元に寝そべりながら観察する。
なんだか手持ち無沙汰だった私は、頬杖をついてくるんくるんした銀ちゃんの髪の毛を指で梳いた。
「……ん、そうだその前に、お前の依頼の見直しさせてくれ」
「みなお、し?」
「変えたろ、依頼内容」
目覚めきっていない銀ちゃんが、こつん、と私の額を小突く。
変えたろ、と訊ねた言葉に、私は一瞬キョトンとして首を傾げた。
けれどすぐにソレを思い出し、私は頷く。
私の新たな依頼。
それは『京都に帰して』という当初のモノではない。
新たな依頼は、『私が此処に来た理由を探して欲しい』って事。
私がこの世界に来た理由が、私には全く解らない。ただ解るのは、何かに喚ばれたのだという事だけ。
だから、私の事を知る『大和屋鈴』というもう一人の万事屋のお客さんの依頼と私の記憶を、照らし合わしながら考えていかなくてはいけない。
(あんまり細かい事を考えるのが得意じゃない私からしたら、それはもう気の遠くなる話だ)
「安心しろ、何とかするから」
布団に寝ている彼の頭に、同じく頭を突き合わせる様に転がっていた私に、銀ちゃんは淡く微笑む。
それに釣られるように私は目を細めた。
「…有難う銀ちゃん」
「ん、気にすんな。」
よーし、飯だ飯!と身体を起こし、居間へと歩き出した銀ちゃんの背中を座ったまま見送り、数拍遅れて追い掛けた。
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