祭囃子に狂気の血潮(に)



遅めの朝ご飯も終わり、時計の短い針が上の方を向き始めた頃。

小百合の依頼について、と前置きをして銀ちゃんは私の前にどっかり腰掛けた。
ソファーというこの柔らかい腰掛けには、生活に慣れても座り慣れる事が出来ない。出来る事なら、隣の畳の部屋で話がしたいと思った。

(…無理だろうけど。)

諦めの溜め息を吐く。
私はソファーに正座をして、銀ちゃんを見た。

間にある机には、さっき新八ちゃんが入れてくれたお茶とひとつの句が書かれた紙が広げてある。


『はなつばき 赤も円も 白い地に
愛の通い路 映えねばならぬ』



出来ればもう、この句は目にしたくなかったんだけど。
そう思った所でどうしようもない。
率直に言って、と銀ちゃんが喋り出したのに気付き、私は顔を上げた。


「要するに、大和屋鈴の探していた『異世界の姫』ってのはお前って事だ。 円という姓に、この世界の人間じゃないという事実がその証拠。 あと気掛かりは、これだ」


トントン、と机を指で突く。その先には勿論、句が書いてある紙が置いてある。
銀ちゃん達には、まだ「私に関係のある句」だとしか言っていない。

新八ちゃんにあらかたの事を話した日は、かなりの疲労から『異世界から来た』事と『円』の名前の事しか言えなかった。
しかも、母が太夫だと知っているのは、この世界では新八ちゃんだけだ。


(まあ、途中で眠くなってそのままソファーで寝ちゃったのと、そのままはぐらかし続けたのが原因なんだけど。)



とにかく、だ。
今はこの句についての説明が必要なのである。


「えっと……、『椿の赤が白い布に染みを残すのと同じく、円も白い心に愛という染みを残す。 つばき屋への金の流れは、円への愛の証。』って、……事」

「……円への、愛」

「円は、お母さんの太夫の時の名前。…つばき屋は置屋…お母さんの居た店の名前。 この句は、私のお母さんを詠んだ句なの。可笑しいよね、自分を売るのに自分の姓を使うなんて」


へらっと笑ってみせる。
銀ちゃんは「私のお母さん」という言葉に驚いているようで、目を見開いて机の紙と私の顔を見比べた。


「つまり、小百合は遊女の娘って事か。」

「…うん。太夫ってね、身体を売るのが本当の仕事じゃあないの。でも、そういう関係だって、なくはないんだろうし…。そういう人の、娘なんだよ、私は」



泣かないようにするのが精一杯だった。
膝に重ねた拳を握って、必死に笑顔を作る。
無理矢理に、えへ、と言えば、銀ちゃんは溜息を吐きながら俯き、頭(かぶり)を振った。


(…え、)

なんだか呆れられているような気がする。


その銀ちゃんの行為に、私の頭の中には一気に掻き混ぜられた。

崩壊した土手から川が反乱するような、そんな勢いで、過去が蘇る。




─あかんなぁ、そないな作法やったら─


 ごめんなさい

 小百合、頑張るから
 もっと頑張るから、


─お前が此処におられるんは、お前が金のなる木やからや。 それをそないに間違うんやったらなぁ…─


 ……や、やだ、

─今からあの店に売ったっても、ええんやで?─


 やだ、いやだ!



「……さ、い…ッ、ごめ、なさ…ぃ…!!」

「は? …て、小百合?!」


急に声を上げた私を訝しげに見る。
何に驚いたのか銀ちゃんは目を見開いていて、足早に私に近付いた。

私の横に腰掛けた彼は、困ったように、しかしとても優しく笑って、


「どうした?」

声を、掛けてくれた。

泣かないで、と頭を撫でてくれる指先が語る。優しさに縋るようにその指先に触れようとした瞬間、隣にいたはずの銀ちゃんが、視界から消えた。

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