流れ流れる夜椿
(いち)
口は災いの元。
行動も、災いの元。
異世界から来た事、本当は話したらいけなかったのになぁ。
そんな事を思いながらも、私は初めて会った泰三ちゃんと、それを聞いてしまった新八ちゃんに、私がこの世界の人間ではないと話したのだった。
ああ本当に、災いの元だ。
泰三ちゃんには、私が異世界の人間で、そこには真選組ではない新選組があるとだけ話した。
泰三ちゃんは少し疑いながらも、私の熱意が通じたのか最後にはちゃんと信じてくれたけれど、新八ちゃんにはそれだけじゃなくて、もっともっと深い所を話さなくちゃいけない。
(私の姓を知る貴方の表情が、とても真剣だったから)
「円……、円小百合っていうの、私の名前…。」
暗くなった空を見ないように少し俯いて、私はそう呟いた。
右隣りに腰掛けていた新八ちゃんが、私の手を握ってくれている。それだけで、何だか凄く支えてもらえている気がした。
「…私のお母さんはね、『円』っていう名前の太夫なの。」
「…たゆう?」
「あ…こっちにはないのかな、お座敷で舞ったりお酌をしたり…芸を売るのがお仕事なんだけど、最終的には夜を共にしたりする、の」
「夜を…って……っ!」
わかる?と見つめれば、新八ちゃんは顔を真っ赤にしながらこくんと力無く頷いた。
(可愛い、そういう経験がないのかな)
クスクス笑えば、新八ちゃんはちょっと不機嫌そうに続きを促す。
私は気を取り直して、続きを口に出した。
「お母さんが遊女…最高位の太夫ではあったらしいんどけど、私はその遊女の子供。生まれた私は女将さんの知り合いの家に預けられたの。 でも親が親だから、育ててくれた両親にも店に売ってやるって…毎日のように言われた…し…」
『なるんやろ? その為には茶道やら舞踊やら、沢山練習せななぁ』
『しゃんとしなはれ! そないやったら、稚児(ややこ)の方がましや!』
冷たい笑みを浮かべた母親が怖かった。
言う事を聞かないと怒号を飛ばす父親も怖かった。
彼らは、血の繋がりがないからあんなに冷たく当たれたのだろうか。
それとも私が、血の繋がりがないからあんなに怖く感じたんだろうか。
私は昔を思い出し、涙を堪えながら拳をぎゅうっと握り締める。
新八ちゃんはそんな私の肩を、少し戸惑いながらも抱きしめてくれた。
なんて優しいんだろう。幼少時の苦しみを包むような、そんな優しさだ。
けれど優しいと思えば思う程に、悲しみは前へ前へとしゃしゃり出る。
堪えきれなくなった涙は、頬を濡らして流れ出した。
「…それで、あの日、私は…ぉ…かあ、さ…のいた…店に……売ら……れて…ッ」
「……ッ!」
「で、も…わた…っ、嫌だ……っから、必死に、逃げ…」
「…小百合さ…ん…」
抱き締めてくれる新八ちゃんの腕は力強く、私は泣きながらその肩に頭を寄せた。
言葉がなくても「大丈夫だ」と言われているような感覚。
何だかひどく安心出来た。
「……新ちゃん、に、会ったの…は…、その時なの…。…助けてくれたの、私を救ってくれたの」
「…だから、大切なんですね」
「うん…」
溢れる涙を拭って、拭きすぎて痛い頬を軽く押さえる。
熱を持ったソコには、緊張で冷えた指先がちょうど良かった。
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