流れ流れる夜椿(に)



新ちゃんに助けられ、それからどうしようか悩んで路頭に迷っていた所に手を差し伸べてくれたのが、今でも私の面倒を見てくれているトキさん。

トキさんはお母さんの知り合いで、私の身請けをしてくれたらしい。


そんな説明に、新八ちゃんは身請け?と首を傾げた。そのお店から私を買い取ってくれたの、と笑んで言えば、新八ちゃんは納得して頷く。


いつの間にか止まった涙。
心配している新八ちゃんを覗き見ると、彼は肩を抱いたまま空いていた手で私の頬を撫でた。

涙は止まったけれど、どうやら湿った肌までは乾いていないらしい。
ふに、と頬を包んだ手の平が、私の肌にくっついた。

ゆっくりなぞる指先が、なんだかこそばゆい。よじるように首を倒せば、視界が一瞬暗がり、そして身体が熱に包まれた。



「し……ぱち、ちゃ…?」



身体を包むそれが何なのか、私はゆっくりと考え、そして気付く。

(抱きしめ、られてる…)



肩を抱かれたまま、頬にあったはずの手も私の首の後ろに回された。
少し無理のある体制に顔をしかめていると、一旦身体が離れ再度強く抱きしめられる。


「小百合さん」


どうしたの、と訊ねるのと重なり、新八ちゃんが私を呼んだ。
唸るような返事をすると、新八ちゃんがもう一度私を呼ぶ。

きゅう、と抱きしめる彼の腕は、強くて温かくて、男の人なのだと思い知らされる程に逞しかった。


(顔は可愛いのに、……っていうのは、新八ちゃんだけじゃなくて、新ちゃんにも言える事なんだけど)



有難う、とでも言えば良いのだろうか。
それとも、御免なさい?

私は何も出来ないまま、ただ新八ちゃんの腕の中に収まっているしかなかった。






その後、私達が万事屋への帰路に着いたのは月が完全に覚醒した後だった。
かなり遅い時間になっているのは、間違いないだろう。
銀さんも神楽ちゃんも心配してるかな。と苦笑いしながら私の手を引く新八ちゃんは、とても頼りがいのある背中をしていた。



「銀ちゃんにも…話した方がいいのかな…」

「そう、ですね……でも小百合さんが辛いなら、全部を無理に話す必要はないと思いますよ」


「…そう、……うん、そうだね。」


自然に繋がれた指先を握り、私は微笑む。でも、と続けられた新八ちゃんの唇に視線を向け、そのまま眼鏡の奥の双眸を見つめた。


「…『でも』?」

「苗字の事と異世界の事は、ちゃんと言わなくちゃダメですよ」


言い聞かせるような強い眼差し。
見つめてくる彼のそれに、私は思わず顔を赤く染める。

(なんか、恥ずかしい。)



つい、と顔を背けて前を見れば、私の世界にはないまばゆい光が視界を埋めた。
繋いだままの指先は固く結ばれていて、光がそこを照らしている。


「…はやく、帰りましょうか」


「ん、うん、」




ぐんと引かれたその腕が、何だか暖かい。
触れているから、とか、そうじゃくて。何と言うか…触れているそこから…心が暖められている、ような。

(優しい笑みが、すごく心地良いの)


頬が緩むのを、少し俯く事で必死に隠す。前を向いて家路を急ぐ新八ちゃんからは、どうしても私の表情は見えないだろうけど、…『念の為』だ。

家に着いたら、まずは銀ちゃんに私の事を話さなくちゃ、か…。

あれ、違うな。
何か忘れ…て…。


「…あ、ああぁぁ!!」


突然声を上げた私に、新八ちゃんはびっくりして振り向いた。
私はそんな彼に目もくれず、頬に手を宛てがってキョロキョロと回りを見回す。


(ああ、どうしよう。いや、どうしようっていうか、すべき事は一つしかないんだけども……!)


「うわあぁぁ新八ちゃああぁぁぁんっ」

「ど、どうしたんですかイキナリ」

「私、銀ちゃんとケンカしてたの忘れてた!」



謝らなくちゃーどうしよーどうしよー。握った手の強さを強めたり弱めたりと繰り返す。
そんな私の行動が可笑しいのか、新八ちゃんは肩を震わせて笑った。


「ど、どうしたの?」

「ぷっ、いえ、その事なら大丈夫です、よ、ふははっ」


「大丈夫なのに、何で笑うのー!」


むぅ、と頬を膨らませて言えば、新八ちゃんはごめんなさいと言って、また笑った。

(あれ、これ……新ちゃんと会った時と一緒だ)


それを不思議に思い、新八ちゃんを見る。しかし新八ちゃんにはそんな事わかる筈もなく、あのですね、と言葉を繋げた。

新八ちゃん曰く、銀ちゃんは私の真選組への勤務(と言って良いのかわからないけれど)を許してくれたらしい。

胸を撫で下ろして息を吐いた私に、新八ちゃんも安心したように微笑んだ。


早く帰ろう。
早く銀ちゃんに会って、許してくれた事を御礼言いたいもん。


ね、新八ちゃん。


笑いかければ、そうですねと笑顔が返ってきた。


そんな、小さな幸せ。
これが続けばいいな。と胸中で思った。


けれど良い事程長くは続かないのだと気付いたのは、それから何日か経った頃だった。


To be continued.

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