うやむやな純真
(に)
「…あの変なからくりには乗らないの?」
屯所の門を潜った所で、小百合は首を傾げてそう訊ねた。
「からくり…、あぁ、車の事ですかィ?乗りやせんゼ」
乗りたかったんですかィ?と訊ねると、ふるふると顔を振って、乗らない、とだけ答える。
確か此処に来る時は車だった筈だけど。
ふと思い、そして気付く。
きっと、初めての乗車と具合が悪かったのとの相乗効果で、『車=嫌なモノ』とでも思っているんだろう。
「今日は、屯所から万事屋までの道の確認の為に徒歩でさァ。」
繋いだ手を離さないように、緩く引っ張る。小百合の下駄が、からからと鳴った。
俺の硬い靴底から響く音なんかよりも軽い、可愛らしい下駄の音が暗がりに染みる。
「ねぇ沖田君、トシちゃんはいつも忙しいの?」
「んー、まぁ大抵は忙しそうですゼ。」
「じゃあ、勲ちゃんも忙しいよね?」
「まぁ、局長だからねェ。 そんな事より小百合の二人の呼び方、よく怒られやせんでしたねェ」
近藤さんはともかくとして、あの土方さんがちゃん付けに怒りを露にしないなんて。
隣で鳴る下駄の音で自分の表情が微かに綻んでいくのを感じながら、けれど小百合の顔は見ないまま会話を続ける。
「小百合は強者ですねィ」
「そう、かなぁ? だって勲ちゃんは喜んでたよ。トシちゃんは困ってたけど」
「近藤さんはそういう人でさァ。寧ろ俺ァ、土方のヤローが素直に呼ばれてるのが謎なんでィ」
まぁ、理由なんか予想はつくけど。
きっと土方さんは小百合に惹かれてるんだ。
それが恋とかじゃないにしろ、兄弟愛や友情の果てやらに似たモノは感じてる。
そしてそれは、俺も似たようなモノだ。
「ん〜…沖田君はトシちゃんと仲良いの?」
「は? なんでさァいきなり」
「あのね、私の世界の沖田君と土方さんは仲良いんだ。」
聞けよ。
そう口に出かかったのを、すんでで堪える。
代わりに、へぇ、と話の続きを促した。
「すっごい仲良しなの。 土方さんって起きるの遅くてね、昼頃まで起きないと、沖田君が『土方さぁん、もうお昼ですよー? 早く起きて下さいよー』って起こすの。」
声真似をしているのか、一瞬だけ微かに声が低くなる。
けれどその女の様な台詞回しに、思わず小百合の世界の『沖田』は女なのかと疑いたくなった。
(いや、沖田君って呼んでんだから、それはねェか)
「んとねー、あとねー、土方さんが書いた句集を持って逃げたり、土方さんに京菓子ねだったり…、とにかくやんちゃな子でね。」
「明らかに『土方』をからかってるようにしか聞こえませんがねェ」
「だから、仲良しなの。からかえるぐらい、信頼してるんだもん。 だから、トシちゃんと沖田君も、きっと仲良しなんだろうなぁって」
にこりと笑った顔が、かぶき町のネオンに照らされる。
子供に向けるようなその笑みにドキリとして、同時に悲しくなった。
(俺を『男』として見てない証拠でさァ)
どんなに仲良くなっても、弟ポジションで居なくちゃいけないなんてのはツラ過ぎるじゃないか。
例え近しいトコに居られたとしても、絶対に縮まらない距離なんて。
「…沖田君、どうして哀しい顔してるの?」
訪れた沈黙を、小百合が砕いた。
どうして哀しい顔してるかなんて訊かれても、理由なんて話せる筈がない。
そもそも、何故そんな事がわかったのだろう。彼女の観察力の良さは、今の今まで見せていたフワフワとしたイメージとはかけ離れている。
「…私、なんか悪い事言ったかなぁ…? んと、えぇと、」
「何言ってんでさァ、別に俺は哀しくなんかありやせんぜ?」
「ダメ、嘘つかないの。顔見れば解るよ、哀しい顔してるもん」
繋いだ手をぎゅっと握る小百合に、俺も小さく握り返す。
まさか『顔を見ればわかる』だなんて、思ってなかった。おかしい、ポーカーフェイスは得意だった筈なのに。
きっと顔を見れば、とは言っているものの、何処か違う雰囲気とかを感じ取れるんだろう。
「ごめんね。小百合がヒドイ事言っちゃったんなら、ちゃんと謝るから。」
くい、と、繋いでいた手を引っ張って、足を止めた。
その顔は、きっと俺なんかよりも哀しそうで。
俺は、見ていられなかった。
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