優しい鬼(さん)

 
とっつぁんが言っていた『異世界』から来たという話を、小百合が理解するまで少し時間がかかった。
そりゃそうだ。いきなり「此処は貴方の住んでいた世界じゃありませんよ」なんて言われたところで、簡単に信じられる筈もない。
が、しかし、理由はそれだけじゃないようだ。


「異なる世界? って事は、私、京都に戻ってもお家ないの?」

「だから、そうだっつってんだろ。もう三回目だぞ」

「じゃあ、私のお家何処行っちゃったの?」

「家がどっか行ったんじゃなくて、お前が一人でこっち来たんだって」

「じゃあトキさんは今一人でお留守番?」

「トキさんって誰だよ!」



馬鹿だ。
本物の馬鹿だ。

そう思うしかない返答のオンパレード。
だが何処か憎めないのは、コイツの愛嬌の良さだろうか。


「えっとねぇ、トキさんはねぇ、小百合の家の家主さんでぇ、私の育ての親みたいなものでぇ、お母さんの知り合いのぉ、やっさしーいおば様なの。」

「…へぇ」


「あ、あとね、料理も上手でねぇ、あとねぇ、あとねぇ……」



……なんだ、この身内自慢。
語尾の伸びたアホみたいな喋り方に、思わず苛々する。

誰だ何処か憎めないとか言ったの。
……って俺か。


えっとね、と楽しそうに話す小百合。
この分だと、自分が何でこっちの世界に喚ばれたかなんて考えてないだろう。

寧ろ、保護したいと言った山崎の言葉も忘れているに違いない。

山崎の言っていた小百合相手じゃ会話出来ないというのが、今なら激しく頷ける気がした。


「あ、そういえば」


はた、と黙った小百合は、ぽつりとそう呟いた。
やっと本題を思い出したのか。
やっとなのか。

俺は空になったタバコの箱を握り潰し、吸い殻を灰皿に押し当てた。


「ねぇシロちゃん。 そういえば私ね、銀ちゃんにお家に帰る手伝いをして、って依頼したの。だから銀ちゃんのトコに帰らなくちゃ。」



そう言った小百合の言葉に、俺は思わず動きを止めた。

『銀ちゃん』ってのは、恐らく万事屋の銀髪の事だろう。確かあいつの所に居たのだと、総悟が言っていたはずだ。


ならば、『白ちゃん』とは。
一体誰だ?



「あ…れ? シロちゃんどうしたの?」

……俺かァァァァ!!!!!

衝撃の事実に思わずカッと目を見開くと、覗き込んでいた小百合は肩をビクつかせて後退った。
どうしたの?と再度覗き込んできた小百合に、俺は落胆の溜息を吐く。


「シロちゃん……トシちゃん?」

「なんでそんな変なあだ名しかねぇんだよ…。名字で呼べ、名字で」

「ひじか……、ひじぃ?」

「…………」


このままでは、俺の名前は酷い事になってしまう。そういえばコイツ、山崎の事もさがるんとか呼んでた気がする。
何としても、ひじぃだけは避けたいと静かに思ったその時。


「トシー!!」


さっき小百合と山崎が転げ出た戸から、近藤さんが飛び込んだ。きっと、『捜し者』が見つかったと総悟に聞いたんだろう。

近藤さんと小百合は、数秒目をあわせ、そしてお互いに首を傾げて同じ事を呟いた。



間抜けな声で『どなた?』と。



To be continued.

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