己の身の上
(さん)
後ろにあった壁が、急に動いた。
壁というか、正確には襖だったので、動くのは当たり前なのだが、それに寄り掛かっていた私は、力の掛け所がわからくなり、襖の向こう…廊下に転げてしまった。
しかも最悪な事に、付属品にさがるんが付いてきた。倒れかけた私に、危ない、と手を伸ばしてくれたまでは良いのだけれど、支え切れずに廊下へと一緒に飛び込んだのだ。
ようするに、その形は。
「お前、何で廊下で女押し倒してんだ?」
そう、押し倒している風にしか見えない。
一瞬だけさがるんの重みを感じて、すぐに体を起こした彼の髪の間から見えたのは、黒い髪に目付きの悪い廊下に佇むお兄さん。
さっきの声はこの人の物だ。
話し掛けられた時に、さがるんが「土方副長」と漏らした事から考えると、この人も私の知っている土方さんと似た名前の持ち主かもしれない。
「……お兄さん、歳三さん?」
「あぁ? ちげーよ、俺は歳三じゃなくて十四郎だ」
寝転がったまま訊ねたらそう返してくれた。
見知らぬ人、しかも寝転がったままな状態の人間に訊ねられたのに、きちんと返すなんて律義な人だ。
(やっぱり、似てる名前だ……)
もしかして、此処の新選組は私の知ってる新選組と名前がそっくりの人がやってる?
じゃあもしかして、新選組の字も異なるのかもしれない。私はそう思い、未だ私の上に覆いかぶさったままのさがるんを見た。
「さがるん、此処の新選組って漢字でどう書くの?」
「え、真実の真に選ぶ組……だけど」
「やっぱり!」
私の知ってる新選組とは違う字。
私が知ってる隊士とは違う名前。
じゃあ何で、京都と江戸に異なる『しんせんぐみ』があるの?
…あれ、話が振り出しに戻ってしまった。
「それはそうと…、さがるんいつまで乗ってるの」
「あぁ、ゴメン。ぷにぷにしてたから、つい」
『つい』って…っ!小百合、そんなに太ってないもん!
そう言いたかったが、文句つけたらなかなかどいてもらえなさそうな気がしたので、私は口を結んだ。さがるんに腕を引かれ、上半身を起こす。
「ところで副長、なにか御用ですか?」
私の腕を引きながら、さがるんは土方さんに訊ねた。
それに土方さんは、ふぅっと煙を吐き出す。
キセル、だろうか。
その煙の匂いがやたらと懐かしくて、私はぐっと胸を押さえた。
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