己の身の上
(に)
「……」
「………」
保護したい、という衝撃的な発言の後、しんと静まり返る部屋の中には微かな呼吸音と私がお茶をすする音だけが染み渡っていた。
考えても答えは出ない。
それはさっき気付いた事だ。
保護したいと言われても、私はそんな大それた人間ではないんだもの。絶対に、何かの間違いなんだ。
そう割り切って、私はおまんじゅうに手を伸ばす。
さがるんはそれを見計らってか、おもむろに声をかけた。
「…小百合さんは、此処に来る前は何処に住んでたんですか?」
「んー? えっとねぇ、京都の島原大門の側のォ…」
「京都に、貴方が言う『しんせんぐみ』が在るんですか?」
「ですか? っていうか、ある、よ。だって私、毎日のように屯所の前通ってたんだもん。」
はむ、とおまんじゅうに噛り付くと、私は咀嚼しながらお茶を流し込む。
甘いあんこと温かいお茶が、口の中でとても仲良しで嬉しい。
前に我が家の家主であるトキさんに、「笑って食べなおまんまが可哀想や」と怒られた事を思い出した。
本当におまんじゅうは美味しい。美味しいから笑顔になれる。
それなのにさっきから、さがるんの言葉は突っ掛かってくるような物ばかりだ。
美味しいものを食べてる時はあんまりムッとしてたくないのに、そんなさがるんの言い方がかなり気に入らない。
新選組は京都にある。という私の主張に、さがるんは何かを書き留める。
かりかりと筆のような物を走らせ、一段落ついた所で顔を上げた。
「ところで小百合さん、江戸へはどうやって?」
さがるんは、何もないかのようににこりと笑って、そう訊ねる。
しかし訊ねた筈の本人が、私より先に口を開いた。
「どうやって来たか、なんてわかる訳ないですよね?」
見透かすように笑って、私を見つめるさがるん。
何で、私がいつの間にかここに居たと知っているんだろう。
私、話したっけ?
それとも、新八ちゃん?
新八ちゃんが沖田君に話して、それがさがるんに伝わったとか…そういう事?
…わからない。
隠している事じゃないのに、何故か焦りが頭を巡った。
「えと小百合、…小百合、帰る」
「待って。」
がた、と立ち上がる私を、さがるんは言葉で制止した。
私はおずおずとさがるんに振り向く。
「…ッ!!」
「保護したい、って言ったの忘れた? 『はい、さようなら』なんて言わないよ、僕だって仕事なんだから」
振り向いた目の前に、さがるんは迫っていた。
さがるんが一歩前進すると、それから逃れる為に私は一歩後退する。
しかしそれも五回と続かず、私は直ぐに追いこまれてしまった。
「何で、逃げてるの?」
「…さがるんが近付くから」
「はは、それもそうだね…」
意味のない会話を繰り返す。
前にはさがるん、後ろは行き止まり。逃げ道は横ぐらいだ。
(助けて…新ちゃん…)
私は身体の横で拳を固く握りしめ、もう何日も会っていない最愛の人の名前を心中で呟いた。
何日も顔を合わせないなんて、久し振りだ。
新選組のお仕事で遠くに行かなきゃいけない時は会えなかったけど……そういう理由とは違う、今回の欠落。
逢いたい、と願う心とは裏腹に、新しい出会いが楽しくて仕方がなかった。
けれど今この瞬間、新しい出会いの恐怖に耐えられない…。
「怖がらなくてもイイじゃない、別に手を出そうとしてる訳じゃないんだし」
「…いや…だ、そんな事、言われても……」
この人は、『敵』だ。
頭の中で誰かがそう忠告している気がする。
黙っていれば可愛いのに、残念だ。
そんな場違いな事を思いながら、私は壁に背を預けた。
…その時、その壁の向こうに人が居た事なんか気付かずに。
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