融ける境界 02 「ッ!」 「けれど私も鬼じゃない。手負いの貴方にこれ以上の痛みは与えません。それと」 眉を寄せた俺に顔を近付けてハインツは囁いた。 「アンリ・ユハ少尉。部下を殺さないことで有名な貴方にも、メリットを与えましょう。今夜ひと晩。私の拷問に耐え抜いたら、貴方を解放し、私どもは兵を退きましょう」 「…んな都合のいい話、信じろってか?」 睨む俺に、ハインツの綺麗な笑みは変わらぬまま。 「もちろん、私からの要求もありますよ? 貴方はこのひと晩、抵抗しないこと。抵抗すればした分、砲弾を飛ばします。ねぇユハ少尉。貴方が囚われてからの貴方の部隊…本当に隙だらけなんですよ? 私以外の人間が気付いていないのが、不思議なくらい。ひと晩、貴方が本気で抵抗したり逃げようとしたら、壊滅させられるくらいには」 「てめェ…!」 「私を殺します? いいですよ、できるものなら。…意味、分かりますよね?」 奥歯が軋む。 ハインツが無事に天幕から出て来なければ俺が抵抗したものと見做され、部隊は壊滅させられると、そういうことだ。 もちろん部隊を壊滅させられるなんて嘘である可能性の方が高い。それでも、真実である可能性を消し切れない以上、俺に選択肢はない。 「大丈夫。ひと晩、耐えればいいだけですよ」 憎らしい笑顔でハインツは言った。 けど。 「ッ…!」 黒いさらさらの髪が、文字通り俺の脚を撫でる。青い目が俺を見上げる。涼やかなその色の中心に、明らかな情欲が燃えている。 拷問だと、そう言ってハインツは俺の下衣を脱がせ、突然舐め始めたのだ。脚を。 意識を失っている間に、治療のため最低限清めてもらっているとは言えど、戦場で指揮を任されている程度には齢を重ねた軍属の男のそれを、だ。 生理的な嫌悪感に吐き気さえする。 が。 俺は、抵抗することができない。 いかに顔はお綺麗だとは言え、紛う方なき男の骨張った指先が俺のふくらはぎを撫で回し、脛毛の生えた脚を吐息も荒く舐め回す。ぬるぬるした唾液が柔らかく蠢く舌に塗り拡げられて、ぞわぞわする。 律儀に傷口には触れない配慮がいっそ気持ち悪い。 「っく、そ…」 『ああ…ユハ少尉のおみ足…骨も、筋も…舌に絡む毛すらも愛おしい…』 最低だ。 変態だ。 頬を擦り寄せるようにして犬のように舌を垂らしてはあはあ言いながら膝を舐め、両掌が優しく優しく腿を膝裏をさする。 これを──ひと晩? [*前] | [次#] 『雑多状況』目次へ / 品書へ |