君が好きだから

09


 馬鹿、しね、と叫んで逃げたかったけれど、電車はまだ走っていて、俺の逃走路は確保されない。おっさんの方を見る勇気はなかった。

 じわじわと涙が浮かぶ。
 イかされた。こんな場所で。こんな格好で。他人に見られてるのに。

 電車が止まってドアが開いた途端、飛び出そうとした俺の腕は、当然のように夕隆にがっちり掴まれた。

「ッ離せ…っ!」
「…」

 俺の台詞は黙殺されて、そのままずるずる引きずられるようにして俺達は駅のトイレへと転がり込んだ。
 トイレの壁を背に、どん、と俺の顔の横に夕隆が手をつく。びく、と俺はすくみ上がる。

――ゆた…も、なんで泣きそう、なんだよ…。

 泣きたいのは俺の方だろ。言いたい台詞を我慢すると、夕隆は額を俺の肩に乗せた。

「…和泉が好き」
「…」
「どうせ、さっきのも分かってないだろうから、直接言うけど」

 はぁ、と夕隆が溜息を吐いた。バレてた。

「和泉は、すげー可愛いから。あんな風に、男だろうと痴漢してくるくらい、狙われやすいんだよ。あの痴漢が女目当てだったとしても、…違うと思うけど、とりあえずそう仮定しても、和泉なら平気、ってなっちまうくらいに」

「…ンな、こと」
「そうなんだよ。それを理解して、気を張ってろ。お前は…少なくとも今は、俺のもんだろ」
「…」

「愛してる、和泉。だから本当は、誰にも見られたくない。お前に触った奴全部ぶっ殺して、誰にも見られないようにお前を監禁しちまいたいくらいに」

 そこで顔を上げた夕隆の眼に、俺は射すくめられる。まっすぐで鋭い、全てを凍らせるような視線。
 そっと夕隆の手が、涙の伝った俺の頬を撫でた。

「…そんなこと、俺にさせないでくれ」

 夕隆は俺のことがすげー好きだ。
 ちょっと周りが見えなくなるくらいに。

 まだ納得できないこともあるけど、ここは頷いておくしかない。夕隆はそれくらい、本気だ。

「わか、った…」
「うん」

 俺が呟くと、夕隆は満足そうに俺の瞼にキスをした。




end.

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