I want...

01



「すごい執着だねェ、ロス卿」

 館の封印の向こう側で、長い牙を剥いて男が笑う。種は違えどワイズと同じく、吸血鬼と呼ばれる類の男だ。

 からから笑うその男の名を、ワイズは既に忘れている。もはやワイズは、クロウにしか興味がない。

 長い黒髪の吸血鬼は慣れた様子だ。そもそも吸血鬼同士が馴れ合う事はほぼ無い。
 純粋に餌場が重なる事は望ましくないからだ。

 だが。

「気になるなァ、あんたがそんなに夢中になる餌」

「…我が領域を侵すとどうなるか知らぬ訳ではあるまい」
「おォ怖い怖い」

 わざとらしく肩を竦めて、男は姿を消した。



   §



 先の吸血鬼ハンター達に助けを求めた脱走劇が失敗に終わってからも、クロウは逃亡を諦めた訳ではなかった。

「…どこか、力の薄い場所はないのか…」

 緩い足取りで裏庭を行くが、そこから出ようとした途端に足が止まり動かなくなる。
 吸血鬼による血の従属というやつの効力は、薄まっていないようだ。

「クソ…ッ」


「ワンッ」
「!」


 悪態を吐いた時、これまで全く聞いた事のない、犬の声がした。

 視線をやると、そこには人の腰程の体高の黒犬が居た。種類は…分からない。鼻面は長く、耳も尾も大きく脚も太い、という事しか。

 そもそもこの屋敷は当然人里離れた場所にある。近隣の飼い犬と言う事はないだろう。

「迷ったのか?」
 クロウは無駄と知りつつも犬に声を掛けた。

 首輪は見えないが、その大きな犬が落ち着いており、人慣れしているようだったから。飢えても怯えてもいない。


(…こいつにまた手紙でも託すか…?)


 『最早クロウも吸血鬼になった』という誤報はハンター間には知れ渡っているだろう。だがそれが誤りだと訴えれば少しは、いや、無理か、

「! 待ッ、」

 踵を返そうとした犬に、思考を放り出した。


 どう手伝ってもらうのかはまだなにも決まらない。それでも、屋敷へ自由に出入り出来るらしい存在を逃したくなかった。

「えっ、と…、お、おいで」

 クロウはぽんぽんと手を叩き、広げて差し伸べる。


 途端。

 犬が、──笑った。


「ありがとォ、招いてくれて」


「え、」


 黒い影が縦に伸びたのを見た途端、背中が叩き付けられた。犬に飛び掛かられたのだと知るまでに僅か時間を要した。

 胸に前足をついた犬の、べろりと舌舐めずりする口が、嫌に流暢な人語を吐く。


「吸血鬼は招かれなきゃおウチに入れねェ。基本だぜ、晩メシちゃん」

「ッお前も…ッ!?」



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