淫妖奇譚 肆

01


 時は平安、処は京。
 姿は狩衣に袴、烏帽子はなく、長い髪を首の後ろでひとつに結う。

 ──そのいつもの姿は、形もない。

 当然だ。まだ夜の明け切らぬ早朝、ほとんどの者が夢の中。
 だが。


(…)
 双葉は茫然と、綿入れに眠る己の寝顔を見つめていた。


(生霊…いや、離魂病か)

 名の通り、正式に言うと妖ではない。だが、怪異として知られるものだ。
 陰陽師として冷静に判断は下しつつも、焦りを感じざるを得ない。


 離魂病は『躯』に邪気が入り込み、こうして『魂』が追い出されることによって起きる。


 先だってからの体調不良が元であれば良いが、もしもこれが、他者からの呪いならば?

 『躯』がなにを仕出かすか分からぬうえ、『魂』の声は現(うつつ)には届かないのだと言う。無論極力頼りたくはないが、双葉の魂に棲む犬神に、届くかどうか。

 なんとか『躯』に戻れぬものか。足の先から糸のようなものが伸びて、同じように『躯』の足の先に繋がっている。これが切れたら死ぬのだろうか。『魂』である双葉の躯は浮いていて自由になるが、物には触れられない。

 丁寧に観察をとふよふよ『躯』の周りを浮きながら確認していると、ぱちッ! と『躯』の瞼が開いた。
 そして『魂』の双葉と視線を合わせ、にィと邪悪な笑みを刻んで見せた。


(! マズいな…)


 中に入っているのは邪気、当然性質の良いものではない。だが双葉個人に悪意を向けているとするならば、俄然呪いの可能性が高くなる。

 『躯』は寝間着である浴衣のまま文机を探り、墨を磨った。そこにいくつかの草の粉末のようなものを混ぜて、


(ッ!? なん!?)


 はらりと突然浴衣を脱いだ。そして混ぜものをした墨で、『躯』は己の下腹に躊躇いも戸惑いもなく、さらさらと複雑な法陣を描いていく。


(んッ…ん、つ、冷た…)


 どうやら『躯』と『魂』の感覚は繋がっているらしく、腕の動きは『魂』にまで反映されることはないようだが、冷感や触感は伝わって来るし、ぱさりと『魂』の浴衣も肌蹴た。
 自分の意思が介在しない動きは『魂』にも反映されるということなのか。

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