DA-DA

02


 帰り道も、帰ってからの食事中も、入浴中も、ベッドに潜ってからも頭から消えず。考えれば考えるほど、

(あの能間が…痴漢に…)

 ぞわぞわと、訳の分からない感情が腹の奥に渦巻き湧き上がるのを杵崎は飲み下すのに必死だった。


   §


 訳の分からないもやもやした気分のまま杵崎は翌日もいつも通り2限の半ばで登校し、御誂え向きに校舎から離れたところにある隠れ家たる体育倉庫へ潜り煙草を吹かす──、

「こらぁあ!」
「ッてめ…!?」

 ばぁんと扉を開かれて、咄嗟の反射で杵崎もつけたばかりの煙草をコンクリの床で揉み潰してしまった。

 現れたのは当然のように、能間だ。

 昨日の電車でのしおらしさなど欠片もない。
 能間は杵崎の腕を捕まえ、いつものガキのような顔でにぃと笑った。

「ここいい場所だな! でもサボりも煙草も感心しない!」

 夏休みも近付いた7月上旬。この熱血漢と走り回るなんて愚かな事はしたくない。
 杵崎は観念して平均台の上に座った。

「なんでそんなにやめさせたいんだよ、どうでもいいだろ」
「やめさせたいと言うか、やめた方がいいとは思う。あと半年で卒業だしな」

 仕事に就いたら好きな時に煙草なんか吸えないしなぁ、とか、ストレス発散なら別の方法のが効率がいいし、とか。
 押し付けがましくない言い回しで、暢気に押し付けてくる。杵崎が煙草を捨てるまで逃がすつもりはないのだろう。

「ストレスねぇ」
 ひとつだけ、思い当たる事がある。

「なんだ? なにかあるのか? 先生が相談に乗るぞ!」
「うっざ…」

 吐きこぼす。能間はなんら気にした様子もない。新卒の教師など大して年齢も変わらないだろうに。


 少し離れて同じように平均台に座る能間は、6月以降勤務中はほとんどジャケットは脱ぎ、シャツを腕まくりして過ごしている。

 ネクタイを緩めた首元にしっとりと汗が滲んでいるのが、倉庫内の薄明かりでも分かる。

 …喉が、鳴った。


「能間、後ろ向け」


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