in 【音楽室】 秋山 貢の場合 1 彼との出会いは、実に唐突だった。 携帯電話で友人達のブログを黙々と読んでいたとき、いきなり声を掛けられたのだ。 「なぁそれっ、×××××のじゃねぇ?」 びっくりした。 黒縁眼鏡の奥で目を丸くする貢に構わず、彼は――琴羽渉は、貢の携帯電話についていたストラップを綺麗な指で掴んだ。やっぱり、と無邪気に笑う彼の顔から、視線が外せなくなった。 「俺、このバンド好きなんだよなっ! 秋山も好きなのか?」 「ぁ…え、と、その、それ、貰い物、で」 「あ? そうなのか…。ま、付けてるってことはお前センスいいって! 1回聞いてみろって、マジいいから」 ああ、何故あのとき、もっとそのバンドについて詳しくなっておかなかったのだろう。彼の落胆した顔といったら胸が締め付けられるほどだった。 そのあと、一生懸命そのバンドのCDを聞いたけど、頭に浮かぶのは彼のあの笑顔だけで、全く曲は響かなかった。 「聞いたよ」と声を掛けてみようかとも思ったが、そんな状態で聞いたというのもおこがましいし、なにより彼はいつでも、誰かに囲まれていた。 (どうせ僕なんかが、構ってもらえるはずがない…) そう言い聞かせて、ずっと渉を遠くから見つめ続けた。 頭では分かったつもりだった。心も宥めすかしてごまかした。けれど、躯だけは正直だった。 まず夢に彼が現れて、朝起きたらべっとりと下着が濡れていた。 そして一度意識してしまうと、彼のほんの些細な仕草でさえ、反応してしまうようになってしまった。ほとんど毎日のように、彼を想ってシた。そのときのことをより詳細に考えるために、たくさん調べて知識を得た。 けれど、ヒートアップする貢に現実は冷たく、それ以来渉が貢に声を掛けることは一度もなかった。 つらかったが、そんなものだとも思っていた貢は、ところが何故か今日、手紙を書いてしまった。 [*前] | [次#] /87 『頂き物』へ / >>TOP |