12/02/17 04:25
 カッとなってやった。
 アイドル×マネージャー。
 単なるシチュ萌え。エロくない。




 黄色い歓声が上がる。

「ありがとー。ありがとねー」

 へらり笑う彼を守って、道を開く。待機していた車に彼を押し込んで、自分も運転席に滑り込んで、ドアを閉める。
 熱狂した空気が、突然遠いものになる。
 それでも周囲はぐるりとファンに囲まれているのだが、警備員の尽力のお陰で、なんとか車は走り出す。
 カーテンを下ろした窓を、なにが面白いのかじっと眺めている青年は、所謂『アイドル』だ。本当は6人グループの内のひとりだが、今日はドラマの撮影があって、彼ひとりだ。
 彼──小野瀬 唯(おのせ ゆい)が、俺は少し、苦手だ。
 グループの中でも、いつもへらへらとしているキャラクターを演じている。演じていると、判っているのは社長とメンバーと、俺、くらいのものだろう。それくらい、彼のキャラ作りは徹底していた。
 それほど『別人格』を作り上げている人間を、誰が信頼できようか。

「……由丘(よしおか)さん。ちょっと寄り道していい?」
「え。どこ、へ?」

 普段よりも低い声音。素の声。あまり聞かない。
 俺の問いには応えず、唯は淡々と道を指示する。今日は次の予定まで少し時間が空くから、まあ少しくらいならと、応じた俺がいけなかった。

「由丘さん、ちょっと止めて。見て、これなに?」
「は、え? どれ」

 細い路地に入ったところで、突然唯が言う。足許を指差すのだが、運転席の真後ろに座った唯の足許は、俺からはなかなか見えない。

「きもちわるい」

 起伏なく呟く唯の言葉を聞くに、虫でもいるのだろうか。
 それくらい、と普通なら言いたいところだが、彼は『アイドル』。少しの傷さえつけるわけにはいかない。
 俺は車を止めると、一旦外へ出て、後部座席のドアを開く。

「どれ」

 顔を突っ込んで問うた途端、視界がブレた。
 「っ?」なにが起きたか判らず瞬いたときには唇に柔らかな唇が押し当てられていて、ネクタイを引っ張られてキスされたのだと、ようやく理解した。
 至近距離で唯の目が、に、と笑う。
 あまりのことに動転してなにもできないでいると、そのまま唯は俺の手を引いて、車の中に引き込む。シートに押し倒されて、馬乗りになられて、俺はやっと身の危険を感じた。

「唯……ッ!」
「暴れないでね。怪我したら大変だからさ」
「っ……?!」
「好きだよ。やっと抜け駆けできた」
「ぬけ……っ?」
「みんな、好きだよ。龍サンが。こういう、好き」

 そっと唯の手が俺の頬を包んで、再びキスされる。
 思わず伸ばしかけた手は、けれど彼には触れることもできずに宙を掻く。たぶん俺、今、必死だ。
 そんな状態で、彼を掴んだら。手形が、引っかき傷が、残ってしまうかもしれない。
 彼の身体は全て、売り物なのだ。それも、俺が弁償できるようなものではなくて。
 結局きつく拳を握って耐える俺に、唯は嬉しそうに笑った。

「ほんと龍サンって、お人好し」

 ちゅ、ちゅ、と音を立てて、俺の首筋に吸い付く国民的アイドル。
 そんな彼が、シャツのボタンを外して、Tシャツの上から、俺の乳首をカリカリと掻く。

「ン…っ、や、やめろ、唯」
「だめ」
「ちょっ、ど、どこ触って」
「どこってドコ?」

 猫みたいな唯の目が、面白そうに笑う。
 俺の股間を揉みしだきながら、震える俺を見て楽しんでいる。


「アイドルだってね、ひとを好きになりゃ性欲もあるんだよ、龍サン」


 Tシャツの上から俺の乳首に吸い付き、唯はどこか切なげにそう言った。
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