「――出来ればその手は取らないで欲しいな。」


 唐突に聞こえた聞き慣れた声にハッとする。
女の子は纏う空気を一変させて俺から一歩距離を取った。


後ろを振り向いてみれば、左手を右の肘にあてて右手で眼鏡を押し上げている黒髪の野郎。
ジャージで決めポーズしても格好悪い!と突っ込みたいのをぐっとこらえた。
俺マジ空気読める子!

「…ミタカ・オギノ。
まだ生きていたのですか。
…丁度いい、裏切り者は処分します!」

 高らかに宣言した女の子の髪が、針のように鋭くなった。グッバイ俺の日常。

「短気だね、リリィ。俺、別に裏切った記憶はないんだけど?」

飛びかかる女の子をのらりくらりとかわすミタカ。

「お前、そんな身体能力高かったんだなー。なんだその跳躍力、気持ち悪ィ。」

「ひどいなぁ、アキバ。そこは格好いい!とかさぁ」

「ねーわ。」

 状況は緊迫している。
だが俺とミタカは至って通常営業である。
いや、俺は傍観してるだけだけど。

「まぁ、確かにその子が短気だってのは確からしいな。
一挙手一投足が素人目に見ても大振り。」

 女の子の武器?は自分の髪だからな、仕方がないといえば仕方がないのか。

「いや、アキバの目は「夢」で相当鍛えられてるから残念ながら「素人目」じゃなんだなぁ、これが。
アキバって動体視力だけは異常にいいんだよね。」

 ひょいひょいと頭だけを動かして攻撃をかわしながら呑気に応えるミタカ。
ひとつため息をついて聞きたいことを聞き出すことにする。

「で?お前の隠し事はこれって訳か。」

 女の子の髪で屋上のフェンスがひしゃげた。

「…ん、まぁそうだね。
出来れば特務分室にアキバの存在、ばれて欲しくなかったんだけど。」

 ミタカが避けたせいで屋上に穴が開く。

「それで?バレちゃった以上、どうして欲しいの?」

 貯水槽に穴を開けるのははばかられたのか、女の子の姿勢が崩れた。
ミタカはその隙を逃さなかった。女の子の腹に思い切り蹴りを入れる。

「俺と組まない?世界的権力手に入れようぜ。」

 ドSの顔で女の子を見下ろすミタカを眺める。

「その子の手は取るなって言ったくせに。」

 ミタカは貯水槽の上から飛び降りる。

「アキバ・タカスギは俺のものだからネ。」

「俺は俺のもんだ馬鹿野郎。」

 音を立てずに着地したミタカがしたり顔で笑う。

「俺のものは俺のもの、お前のものも俺のもの。」

 それで?とミタカは俺に向かって手を差し出す。

「俺の手は取ってくれるわけ?」

この手を取ったら、俺の日常は終わり、非日常が始まる。
どんな世界が待っているのか、それは手を取ってみなければ分からない。

「仕方がない、巻き込まれてやるよ。」

 ミタカの手をとって、よっこいせと掛け声付きで立ち上がる。

 これからはじまる、俺の非日常。

 …まずはちゃんと説明してもらうところから始めようか。
結局俺もミタカも女の子も一体なんなんだ。


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