からん、と氷の溶ける音がする。
窓辺では風鈴が静かに音を奏でていた。
「今日は貴重なお話をありがとうございました。」
青年は老教師に頭を下げる。
「いえいえ。
卒論の役には立ちそうですかな?」
老教師の穏やかな目に青年は笑う。
「ええ、参考にさせていただきます。」
青年の答えに老教師は満足そうに微笑んだ。
「それはなにより。
さあ、まだまだ暑い時間だ。
気をつけてお帰りなさい。」
老教師の見送りを受けて、青年は紫陽花の小道を下ってゆく。
遠くのアスファルトには水逃げという蜃気楼が発生していた。
カギロヒ…かげろう、蜃気楼のこと。
暑い夏の日に人々に幻をみせる気象現象。
どこにも潜む、夏の不思議。
暑い日差しの下をまっすぐ歩く青年は知らない。
自分にもカギロヒの魔力が迫っていることを。
あの日、青年であった老教師が出会った少女に、自分もまた出会う、すぐ先の未来を。
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