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きゃいきゃいと黄色い声で色めき立つ女性隊員が話す話題といえば、もっぱら柱の話題であることが多い。多いというか十中八九、柱(男)の話題で間違いない。
煉獄様はカッコいい、宇髄様はいけずなお方、富岡様は歩く美術作品。
そんなこんなで今日も仲の良い女性隊員と盛り上がっていたところに、突然「不死川様ってさ」という話題が降って湧いた。無意識にピクリと動いてしまった私の眉。慎重に話の行方を見守る。
(今までも実弥が話題になることはあったし…落ち着け自分。)
「実はめちゃくちゃポテンシャル秘めてると思うの…」
「普通に顔怖くて近寄れんのだが?」
「いやでもカブトムシ飼ってるって可愛すぎん?」
「あれは惚れたらあかん…ギャップと胸筋に百回は殺されるわ。」
様々な言葉で褒められてる(?)風柱様、もとい私の彼氏。嬉しいような、むず痒いような落ち着かない心地で聞き役に徹しているところに、トンデモ発言が投下される。
「私この前、不死川様の寝顔見ちゃったんだけどさ…」
え??と一瞬真っ白になった脳みそは、あっという間に勢いづいた話題に置いてけぼりにされていた。
「寝顔!?なに!?なんで!?!?」
「詳しく聞かせろ」
「よく殺されなかったわねあんた…でどうだった?」
詰め寄られる女性隊員を見ながら、そういえば実弥の話を始めたのもこの人だったなとふと気づいた。
「寝顔…安らか過ぎて……バブみと尊みが限界突破した」
「…ごめん、沼の予感。」
「しかも聞いて!寝起きの不死川様、普段からは考えられないくらい優しかったんよ……!!」
彼女の噛み締められた言葉に、他の隊員たちも悩ましくも幸せそうな表情を浮かべている。
一方私はなんとも複雑な気持ちである。彼氏の寝顔を他人に見られて嬉しい女がこの世にいるだろうか。いやいない。ていうか寝顔ってなんだ、寝起きってなんだ、どんなシチュエーションだ。
「…寝顔見れるなんて、どんな機会だったの?」
慎重に口にした質問に、彼女は未だ微笑みを浮かべたまま口を開いた。
「胡蝶様のお屋敷で、胡蝶様が不死川様を探しててそれを手伝ったの…縁側で日向ぼっこして寝てた……可愛い…。
それで要件伝えたら、ありがとよって頭撫でられて…」
なんだかその様子がありありと想像出来てしまった。でも、それを見たのは私じゃなくて彼女だ。夜、一緒に寝る時に実弥は絶対に寝顔なんて見せてくれない。私が中々寝ないでいると「早く寝ろォ」と実弥の胸の中に無理やり埋められる。
気づけば朝になっているから、私は一度も実弥の寝顔を見たことがなかった。
ていうか頭撫でたってなに!?そんな簡単に女の子に触る奴だったの実弥って!?!?
……実弥が頭撫でてくれるの好きだったのに。私だけにしてくれてると思ってたのに。
実弥の知らない部分も好きな部分も、全部誰かのものになって、二度と私には手に入れられないような錯覚。馬鹿げた嫉妬心だと気付いているけれど。
モヤついた胸に戸惑い「実弥と付き合っていることを打ち明けてみようか」と思うものの、そんなのは唯の独占欲を満たす行為であることなど理解っていた。
「なまえはさ、不死川様のことどう思う?」
「んん…」
恋仲を隠している身で「好き」と露呈するのは違うだろう。というか、収まりきらない胸のザワつきが実弥への苛立ちに変わっている。
……隙だらけで寝顔見られてるんじゃないよ。私には見せてくれないくせにさ!
っていうか頭撫でたって何!?
胸元だっていっつもあんなに出して!もー!!
「わかるよなまえ…。あの色気丸出しの隊服は賛否両論わかれる…。」
うん、と頷く私はきっと嫉妬心に負けているんだろう。実弥への苛立ちを、友人から借用する言葉に全て込めて口を開いた。
「私も色気出し過ぎてる不死川様は、……嫌いかな。」
不死川様、なんて言い慣れない呼び方につまづきながらも、なんだか少しだけ胸の内がスッキリしてしまったのだった。
『…不死川様は、……嫌いかな。』
聞き慣れたなまえの声が言ったその言葉に、俺は思わず耳を疑った。遠目でなまえを見つけ、飯でも食わしてやろうと少し離れた所で待っていたその矢先。
(オイ、嘘だろォ…?……俺なんかしたかァ!?ダメだ思い出せねェェエエ!!)
ぐるぐると回る脳みそは一つの心当たりにもヒットしない。夏晴れの下、冷や汗がじとりと背中を伝っていく。
俺となまえは付き合う前から喧嘩ばかりであるものの、犬も食わない様な喧嘩ばかりでそれなりに楽しく騒がしくやってきた……はずなんだが。
(あれか?なまえの洋菓子勝手に食っちまったのまだ怒ってんのかァ!?いやでも嫌いってなんだよ酷過ぎだろォふざけんな!!)
「あ…実弥。何してんのこんなとこで。」
混乱し荒ぶった思考がなまえの声に打ち消された。明らかに声音は低い。……機嫌が悪い時の声だ。
顔を向ければ、眉間に可愛らしく皺をつくったなまえが俺を見上げていた。仲間の隊士とは別れてきたんだろうか。明らかに「あんたのせいで機嫌悪いんですけど」と語る瞳が俺を見つめ、その視線が俺の胸元に移った途端、ふいっと顔を背けられた。
ガシャーン!と心の中で何かが壊れる音が聞こえる。え、え、めちゃくちゃ痛いんですけどォ…。
「……飯、食い行くかァ?」
「は?行かないけど。」
なまえから返事が返ってくる時は本気で怒ってない。そもそも本気で怒ってれば俺に声なんて掛けてこない。
今までの経験からわかってることだが、「嫌い」と言ったなまえを見たせいで、本気でこいつに嫌われている気がしてくる。
悩み考えても嫌われた原因など思い浮かばず、お互い黙りこくってしまえばなまえに嫌われたまま沈黙に飲み込まれてしまいそうだった。
焦った俺は慌てて口を開いた。
「なァ…何怒ってんだァ!?」
焦りの所為か思わず強くなってしまった口調に、少しだけなまえの肩が跳ねた。威嚇するつもりも、喧嘩するつもりもなかったのに。
急に怒鳴りつけてしまったことを後悔する一方、理不尽に怒鳴られたなまえは明らかに苛ついた顔で俺を見上げた。
「はぁ?怒ってるってなに。
心当たりでもあるわけ?あるなら言ってみてよ。」
じろり、と下から睨みあげられれば「決定的に怒らせちまったじゃねェか」と絶望感が迫り上がって来る。
ていうか風柱の俺をこんな風に睨み上げる奴なんて、なまえしかいねェんだろうなァ。クソ、可愛く見えてきた。こいつ嫌われたなんて考えたくもねェ。どうすりゃいいんだ。
「わっかんねェから聞いてんだろォ…おめェがさっさと答えりゃ済む話だろがァ!」
「わかんないからって急に怒鳴る必要ある?
せっかく隊服から胸出してるんだから、手を当てて考えてみればいいんだよ!」
「アァ!?クソ、可愛くねェなおめーはよォ!」
「あぁ、そう!じゃあ放っといて!」
最後に俺のかっ開いた隊服をグイッと閉じ、足音も荒く去ってしまうなまえ。
締められた喉をさすり、その背中を目で追う。
『不死川様は、嫌いかな』
つい数分前のなまえの言葉を思い出して、俺はため息をつくしかなかった。