ヘッドライトに照らされた



真っ暗な夜を、バイクのヘッドライトが切り裂くように流れる。心を乱暴に掻き立てる大音量のアクセル音に包まれ、体の中心が疼く。
私をここに連れてきた友達は、彼氏のバイクの後ろに乗っかってもうどこにいるのかも分からなかった。
お前も乗る?と聞いた初対面の男の誘いを断ってしまったので、私は1人、この暴走族チームの数人がタバコをふかす様子を横目に眺めていた。
彼らも最初は「お前誰と来たの?」と話しかけてきたけれど、この爆音の中話をするのが億劫で聞こえないふりをした。
普段こんな場所に集うような生き方はしてない。非日常感に塗れた喧騒の中に、少しずつ退屈を覚え始めていた。
どこもかしこもエンジン音。競うように空吹かした甲高い音が響く。

「なまえー!」

眩しい光の渦から、バイクを降りた友達が駆け寄ってきた。肩で息をするたび、白い息が跳ねる。

「どうしたの、もうバイク乗るのはいいの?」

「それどころじゃないんだよ!!あのね、これからねっ…!」

乱れた息のまま勢いよく喋ったせいか、ゴホゴホと咳き込む友達の背を撫でた。
涙目で必死に息を整えようとする表情は、早く話したいのに、というもどかしさを雄弁に物語っている。
そのときだった。
一際大きなエンジン音が響いて、鋭いライトがこの場の全員を照らした。
その瞬間、地鳴りのような爆音に負けないほどの歓声が湧き上がる。

「きた!」

見開かれた友達の目が、辺りのヘッドライトを照らして煌めいた。

「きた…?」

いつの間にか、チームメイトが譲ったのだろう、ポカリと空いた空間が私たちの目の前に広がっていた。
何事かと考える間もなく、開かれた空間に2台のバイクが車体を横に滑らせ、物凄いスピードで迫ってくる。
思わず隣の友達を抱き寄せた。
ぶつかる、と思わず目を瞑っても衝撃はなく、恐る恐る目を開ければ目の前に黒い大きなバイクが止まっていた。
じゃりっと黒いブーツが目の前の地面を踏みしめる。
固まる私の前に、1人の男が降り立った。体躯の良さに加え、ひしひしと威圧感を放つその姿。

「君!!すまないな!怖かっただろう!!」

快活な声と共にヘルメットを外したその男の、煌々と輝く目と燃え盛るような髪が、私の目を捉えて離さなかった。
私が彼の言葉に応えるより早く、「煉獄さん!」とチームの男の子達が彼らを取り囲んでいく。宇髄さんと呼ばれるもう1人の男は、颯爽と綺麗な女の人3人を呼びつけていた。
もう誰に聞かなくとも、この2人がリーダーなのだとわかる。
ああ、そうか。彼女が話そうとしたのは彼らのことだったのか。
妙に納得した心持ちで、男達に囲まれた煉獄という男を見つめたのだった。





「さっきはすまなかったな!怖がらせてしまった!!」

リーダー2人の登場から暫く時間が経ち、バイクに飽きた友達とぽつぽつ会話をしていた頃。数十分前見惚れてしまった男が、揚々と手を挙げて近づいて来た。
この暗闇の中でも、燃える髪は目立つし大きく釣り上がった瞳は光を放っている。
えっと、たしか煉獄さん。 

「いえ!大丈夫です!」

声を弾ませて応える友達。私を見つめていた視線が隣の彼女へと移った。

「そうか!それならよかった!!せっかく来てくれた君たちに怖い思いをさせたのならば、申し訳なく思っていたのだが。」

普通に喋っていても十分大きな声に、ちらほらと周りの視線が集まる。いや、違うか。みんなこの人に憧れてるんだ。煉獄さんの一挙一動が気になるのだろう。
そんな視線には慣れっこなのか、はたまた気付いていないのか、変わらない声音が続いた。

「君たちは誰と来たんだ?」

「えっと…あ!あのオレンジのヘルメットの人です!」

友達の言葉に、あぁ、と笑みを深くする煉獄さん。
まるで彼の人となりを知っているかのような表情に、この人はチームメイトのことを1人洩らさず熟知しているのだろうかと疑問が浮かぶ。

「今走りに出てる奴らが帰ってきたら、君達は帰りなさい!」

「えー…。もう解散するんですか?」

友達の解散という言葉には何も答えず、変わらない笑みを浮かべて「もう遅いだろう!」と私たちを窘める煉獄さん。

「でももう電車終わっちゃってるし…」

「そうだね」

どうする?と聞く友達はまだ帰りたくないのだろう。駄々っ子のように拗ねた表情を浮かべている。
煉獄さんが後ろを振り返り、小さく片手をあげれば、こちらの様子を見ていたのだろう、少しざわついた男の子達の中からオレンジのヘルメットの彼が走ってきた。

「君の彼女だよな?送ってやれ!」

「はい!」

元気な返事と共に、彼が脇に抱えたヘルメットを投げる。それをキャッチした友達が、「なまえは…!?」と声を上げた。
む、と片眉を上げた煉獄さんが、少し考えるように首をかしげた。形の良い唇は笑みを浮かべたまま。

「よし!俺の後ろに乗るといい!」

そう言うと、私に目でついて来いと合図をし背中を向ける煉獄さん。慌ててついて行く私の耳に、「おいまじかよ…!!」という友達の彼氏の声が聞こえた。






煉獄さんのバイクの周りには、まるで芸能人の出待ちのように人が集まっていた。中にはちらほら女の子もいる。みんな派手な格好で、こういった場に慣れているのだろう、堂々と楽しそうに男の子達と会話をしていた。

「煉獄さん!!」

誰かが声を上げた瞬間、みんなの視線が一身に集まる。私は前を歩く煉獄さんに隠れるように歩いた。
煉獄さんのためバイクまでの道を開ける彼ら彼女らの、物珍しそうな視線に居心地の悪さを感じながら煉獄さんを追う。スペアのヘルメットを取り出した煉獄さんがそれを私に差し出すと、彼らは驚きを隠せないかのように騒めいた。
ヘルメットを受け取りながら、何事かと思うも彼らは何も言葉にすることはなかった。ただ信じられない、という目を私に向ける。
バイクにエンジンがかかる低い音が響く。
黒く大きな車体が震えた。
今からこれに乗るのかと思うと、少し身が竦む。
そんな私に気づいたのか、煉獄さんが声を上げた。

「タンデムベルトを持ってる奴はいないか!」

誰も持っていないのか、緊張感が漂った。身じろぎをする者、辺りをキョロキョロと見渡す者、下を向く者。「誰も持ってねえのかよ」と誰かが呟く。
その中で1人の背の高い男の子が、「俺が作ったんで、ちゃっちいですけど」と細いベルトのようなものを差し出した。
ありがとう、と笑顔で受け取る煉獄さんに、
「……っす!」と頭を下げる男の子。顔が赤い。
受け取ったそれを、煉獄さんは手際良く私の腰に巻きつけた。

「ふむ、腰だけしか固定できないが、無いよりは安全だろう!乗ってくれ!!」

ぽんぽん、と煉獄さんがシートの後ろを叩けば、また皆の視線が私に集まった。
おずおずと足をあげて乗ろうとするも中々難しい。ていうか座高高いな。どうしよう。

「宇髄!!いるか!!!!」

すぅっと息を吸った煉獄さんの馬鹿でかい声が響いて、応えるようにブルンブルンとエンジン音が鳴り、あっという間に一台のバイクが目の前に止まった。
ヘルメットのシールドを上げ「どうした」と聞く宇髄さんに、煉獄さんが「少し抜ける」と返し、この後はどうのこうのと話を続けている。
私はというと、先程ベルトを貸してくれた男の子が手を貸してれて、ようやくシートに座れたところだった。
バイクの振動が体に伝わってきて高さもあり、非常に不安定で正直怖かった。未だ私を見る何人かの視線を遮るようにヘルメットをかぶる。

「乗れたか!これを着ろ、走ってる時はかなり寒いからな!」

着ていたライダージャケットを私に羽織らせ、ひらりといとも簡単にバイクに跨る姿に、なんとなく皆が憧れるのもわかるなぁ、と思った。
貸してくれたジャケットに袖を通す。
前を見れば、背後に腕を伸ばしわきわきと指を動かして何かを探す煉獄さん。

「すまん、もう少し前に座ってくれるか?」

少し照れたような瞳と目が合う。
ちょこんと腰を前にずらすが、彼の瞳がもっと前にと言うので、えいっと思い切り前に移動すれば、私の腰についたベルトの紐を煉獄さんが自身の腰に巻きつけた。
目の前には黒いインナーの背中が広がっている。気をつけないと鼻がくっついちゃいそう。
ていうか煉獄さんって全身黒づくめなんだな。
その時だった。

「オイ…!」

ドスの効いた声が前から聞こえた。
大きな煉獄さんの背中から顔を覗かせると、顔中傷だらけの銀髪の男が、バイクの進行を阻むかのように立っていた。

「不死川!」

「どこ行くってんだァ?アタマいねェと切り込めねェだろがァ!!」

「心配かけてすまないな!すぐ戻る!!」

返事をしながらヘルメットをかぶる煉獄さんに、特大の舌打ちが返ってくる。
切り込むってなんだろう?と考える私に、「行くぞ。捕まっていろ。」と煉獄さんの手が私の手を掴み、自分の腹に回した。
ヴォン!とアクセルが踏まれるたび、バイクから伝わる振動も大きくなっていく。
突然、ぐっと体が後ろ引っ張られ、私たちを乗せたバイクが急発進した。
あまりに速いスピードで流れて行く周りの景色に目が回る。
慌てて彼の腰に回した腕に力を込めれば、ライダースーツ越しに煉獄さんの筋肉質な体が伝わってきた。
あっという間に皆が集まっていた駐車場を抜け、スピードは一向に落とさないまま道路を走り抜ける。
急接近しては飛び去って行く街頭。車の窓から眺める景色とは全然違う。地面はこんなに早く流れて行くのに、頭上の月だけは変わらない位置で私たちを照らしている。風が私の制服のスカートをはためかせた。
夜も更け、車もいない道路を一台のバイクが走る。煉獄さんが貸してくれたヘルメットはシールドが無く、彼にしがみつけば必然的に私の頬と彼の背中がくっついてしまう。
ぽんと私の腕に煉獄さんの手が乗り、何の合図か分からずにいると、ヘルメットの中から音楽が流れ始めた。
有名な恋愛ソングだ。誰だって一度は聞いたことがあるほどの。暴走族のリーダーがこんな平和な歌を聞くのが意外で、それがなぜか嬉しくて、彼の背中にそっと頬を乗せた。
暖かい煉獄さんの背中を感じながら、もしかしたら気を使って有名な歌にしてくれたのかな、なんて考えた。




あっという間に私の家の前に着いてしまった。
時々ナビをする私に向けられたヘルメット越しの瞳が思い出されて、なんだか少し寂しいな、なんて思ってみる。

「送ってくれてありがとう」

「いいんだ!君とのタンデムは楽しかった!!」

彼の言葉に、今まさに外そうとしているベルトの名前の意味を知る。
ヘルメットとジャケットを脱ぎバイクから降りれば、煉獄さんもまたヘルメットを外して私を見ていた。
どきりとなる心臓を落ち着かせ、ヘルメットとジャケットを渡す。笑顔で受け取った煉獄さんが、「寒いから早く家に入りなさい」と言った。
音が鳴らないよう静かに家の門を開け、玄関の鍵を開ける。
振り返れば、目の合った煉獄さんがにっこりと笑った。

「また俺たちの集会に来てくれ!歓迎しよう!!」

うーん、どうかな…と少し迷い、曖昧な笑顔で「気をつけてね」と一言だけ返せば、一瞬驚きを浮かべた煉獄さんはとびきりの笑顔で「ありがとう!!」と返した。
どうやら私が家に入るまでちゃんと見送ってくれるらしい。
冷え切った玄関を開け、暗い家に入って鍵を閉めた。玄関のドアに背中を預けたままじっとしていれば、すぐ向こうでエンジンの音が鳴り、あっという間に遠ざかって行った。
帰り道気をつけてねって意味で言ったんだけどな。
彼の表情を思い出すと、どうやらそれ以外のことに気をつけろという言葉に受け取られた気がする。
切り込むという言葉を思い出して、怖い想像が脳裏をよぎるけれど、頭を振って追いやった。



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