塵と芥


ちらり、ちらり、と目の前に座るジャイボに視線が集まる。
黒曜石のように濡れた瞳に、長い影を落とす睫毛。日焼けなんて生まれて一度もしたことがないような、白く滑らかな肌は淡く光を放っているようだ。
同じ色をした指先が、銀のスプーンで食べかけのパフェからイチゴを掬い上げた。きらきらと日光に煌めくジュレ。光を纏いながら、赤く美しい唇へと運ばれていく。
あぁ、皆が見惚れているのがわかる。
私の我儘に軽く頷き、付いて来てくれたこのフルーツパーラー。有名女優御用達と名高いここは、客層は言わずもがな、給仕の女性たちでさえ、己の美しさを振り撒くことに誇りを持って然るべき人たちばかりが集まっている。
そんな人たちでさえ、きっとジャイボの生まれ持った美しさには敵わないのだろう。
凝った内装に女性客の一張羅、色彩豊かな風景に1人、黒いTシャツを着て伸びた髪を無造作に束ねたこの男が、スポットライトを浴びるかの如く目の前にいるのだった。

「ん〜、おいひいー」

「ちゃんと飲み込んでから喋りなよ」

上擦った声を出す喉が嚥下して、ジャイボはキャハッと笑った。
なんでこんな美しい男が、たかが腐れ縁の私なんかと出かけるのかはわからないが、無邪気に笑いかけてくる男というのは中々可愛いものである。

「雨宮くん!!」

悲痛に歪む金切声が店内に響き渡った。
コツコツと床を打つヒール音が近づいたかと思えば、私たちのテーブルの上に勢いよくバッグが叩きつけられた。
私の目の前に置かれたチョコレートパフェの、一番楽しみにしていたブラウニーがコロリと机に落ちた。
ふわりと香水の匂いが漂ってくる。

「何してるの!?コレ誰!?」

叫ぶ女の子を見上げれば、これまた可愛らしい子が泣きそうな顔でジャイボを見つめていた。

「あーあ、落ちちゃったじゃん。楽しみにしてたんでしょ?早く食べないからだよ」

新しいの頼む?とジャイボが手に取ったメニュー表を、マニキュアの光る女の子の手が奪い取った。

「雨宮くん…!!」

ついに涙に呑まれたその声に、如何にも面倒だと言わんばかりの表情で口を開くジャイボ。

「あー…えっと、トシエちゃん。」

「違うわよ!私は」

「じゃあミッちゃん。」

「違うってば!!」

「どうでもいいよ。五月蝿い。」

冷ややかな声に、ついに女の子から嗚咽が漏れ始めた。
私はといえば、今までに数回同じような現場に居合わせたこともあって慣れたものである。
ただただ、パフェに乗るソフトクリームの側面が、溶けてなだらかになる様子を見つめていた。

「なんで…?今日私と映画行く約束してたのに……ずっと待ってたのに…!!」

「キャハッ!何言ってるの?
仕様がないでしょ、パフェ食べる予定が入ったんだもん。」

「映画よりパフェが良かったの!?なら私と来れば良かったじゃない!」

「なんで君とパフェ食べなきゃならないの?」

「だって私と約束」

「君じゃなきゃいけない要素だなんて何一つないよ。というか、君との約束より大事なことがあるから僕はここにいるんじゃん。」

まるで当たり前のことを説明するかのような口調に、女の子はついに顔を覆って泣き出した。

「なんで…?好きって、好きって言ったのに…!」

「言ったのは君でしょ。」

「じゃあ私はなんだったの、私のことは好きじゃなかったの…」

「え〜別に…」

この話に飽きてきているのだろう。ジャイボはカチャカチャとパフェを掻き混ぜた。綺麗に盛り付けられていたのに、台無しだ。
あ、と小さく声を上げ、頬杖を付いたまま女の子を見上げるジャイボ。
もしかして、今日初めてこの子を視界に入れたのではないだろうか。
女の子は縋るようにジャイボを見ている。

「つくづく無様な君が、好きだよ。」

キャハッと笑う声が店内に響いた。




「あれは酷いよねぇ、ねぇジャイボくん?」

「うーるさいなぁー」

眉を顰めて軽く睨んでくるジャイボ。
女の子が泣きながら走り去って十数分。心臓に剛毛の生えている私たちは未だフルーツパーラーで甘味を堪能していた。

「先約あるならそっちを優先するべきでしょ?
なんで言わなかったの。」

「だって」

口を開くも言葉が続くことはなく、そのままぶすくれるジャイボ。
スプーンを咥えたままうーうーと不機嫌を訴えてくる。
まあ美しさしかないこの男に常識が通じるとは思っていないが、正すべきところは指摘しないと今後の彼の為にならない。

「理由があるなら言いなさいよ。」

半ば突き放すようにそう言えば、銀色のスプーンが彼の口を離れて私の唇に押し当てられた。
いや、わからん。なんだこれは。

「どういうこと?」

「そういうこと!」

わかんないならいいよ!と言って、残りのパフェを掻き込むジャイボ。
思春期の子を持つ母とはこのような気持ちだろうか。
悩ましげに彼を観察する私に、ジャイボはキャハッと笑った。
まあ考えてもしょうがないと、彼の口の端につくクリームを拭うのだった。



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